《のち》皆|其《その》死《し》を得ず。建文帝の少子《しょうし》は中都《ちゅうと》広安宮《こうあんきゅう》に幽せられしが、後《のち》終るところを知らず。


 魏国公《ぎこくこう》徐輝祖《じょきそ》、獄に下さるれども屈せず、諸武臣皆帰附すれども、輝祖|始終《しじゅう》帝を戴《いただ》くの意無し。帝|大《おおい》に怒れども、元勲|国舅《こくきゅう》たるを以て誅《ちゅう》する能《あた》わず、爵を削って之を私第《してい》に幽するのみ。輝祖は開国の大功臣たる中山王《ちゅうさんおう》徐達《じょたつ》の子にして、雄毅《ゆうき》誠実、父|達《たつ》の風骨あり。斉眉山《せいびざん》の戦《たたかい》、大《おおい》に燕兵を破り、前後数戦、毎《つね》に良将の名を辱《はずかし》めず。其《その》姉は即《すなわ》ち燕王の妃《ひ》にして、其弟|増寿《ぞうじゅ》は京師《けいし》に在りて常に燕の為《ため》に国情を輸《いた》せるも、輝祖独り毅然《きぜん》として正しきに拠《よ》る。端厳の性格、敬虔《けいけん》の行為、良将とのみ云《い》わんや、有道の君子というべきなり。
 兵部尚書《へいぶしょうしょ》鉄鉉《てつげん》、執《とら》えられて京《けい》に至る。廷中に背立して、帝に対《むか》わず、正言して屈せず、遂に寸磔《すんたく》せらる。死に至りて猶《なお》罵《ののし》るを以《もっ》て、大※[#「金+護のつくり」、第3水準1−93−41]《たいかく》に油熬《ゆうごう》せらるゝに至る。参軍断事《さんぐんだんじ》高巍《こうぎ》、かつて曰く、忠に死し孝に死するは、臣の願《ねがい》なりと。京城《けいじょう》破れて、駅舎に縊死《いし》す。礼部尚書《れいぶしょうしょ》陳廸《ちんてき》、刑部《けいぶ》尚書|暴昭《ぼうしょう》、礼部侍郎《れいぶじろう》黄観《こうかん》、蘇州《そしゅう》知府《ちふ》姚善《ようぜん》、翰林《かんりん》修譚《しゅうたん》、王叔英《おうしゅくえい》、翰林《かんりん》王艮《おうごん》、淅江《せっこう》按察使《あんさつし》王良《おうりょう》、兵部郎中《へいぶろうちゅう》譚冀《たんき》、御史《ぎょし》曾鳳韶《そうほうしょう》、谷府長史《こくふちょうし》劉※[#「王+景」、第3水準1−88−27]《りゅうけい》、其他数十百人、或《あるい》は屈せずして殺され、或は自死《じし》して義を全くす。斉泰《せいたい》、黄子澄《こうしちょう》、皆|執《とら》えられ、屈せずして死す。右副都御史《ゆうふくとぎょし》練子寧《れんしねい》、縛《ばく》されて闕《けつ》に至る。語|不遜《ふそん》なり。帝|大《おおい》に怒って、命じて其《その》舌を断《き》らしめ、曰く、吾《われ》周公《しゅうこう》の成王《せいおう》を輔《たす》くるに傚《なら》わんと欲するのみと。子寧《しねい》手をもて舌血《ぜっけつ》を探り、地上に、成王《せいおう》安在《いずくにある》の四字を大書《たいしょ》す。帝|益《ますます》怒りて之を磔殺《たくさつ》し、宗族《そうぞく》棄市《きし》せらるゝ者、一百五十一人なり。左僉都御史《させんとぎょし》景清《けいせい》、詭《いつわ》りて帰附し、恒《つね》に利剣を衣中に伏せて、帝に報いんとす。八月望日、清|緋衣《ひい》して入る。是《これ》より先に霊台《れいだい》奏す、文曲星《ぶんきょくせい》帝座を犯す急にして色赤しと。是《ここ》に於《おい》て清の独り緋を衣《き》るを見て之を疑う。朝《ちょう》畢《おわ》る。清《せい》奮躍して駕《が》を犯さんとす。帝左右に命じて之を収めしむ。剣を得たり。清《せい》志の遂《と》ぐべからざるを知り、植立《しょくりつ》して大に罵《ののし》る。衆|其《その》歯を抉《けっ》す。且《かつ》抉せられて且《かつ》罵り、血を含んで直《ただち》に御袍《ぎょほう》に※[#「口+饌のつくり」、第4水準2−4−37]《ふ》く。乃《すなわ》ち命じて其《その》皮を剥《は》ぎ、長安門《ちょうあんもん》に繋《つな》ぎ、骨肉を砕磔《さいたく》す。清帝の夢に入って剣を執って追いて御座を繞《めぐ》る。帝|覚《さ》めて、清の族を赤《せき》し郷《きょう》を籍《せき》す。村里も墟《きょ》となるに至る。
 戸部侍郎《こぶじろう》卓敬《たくけい》執《とら》えらる。帝曰く、爾《なんじ》前日諸王を裁抑《さいよく》す、今|復《また》我に臣たらざらんかと。敬曰く、先帝|若《も》し敬が言に依《よ》りたまわば、殿下|豈《あに》此《ここ》に至るを得たまわんやと。帝怒りて之を殺さんと欲す。而《しか》も其《その》才を憐《あわれ》みて獄に繋《つな》ぎ、諷《ふう》するに管仲《かんちゅう》・魏徴《ぎちょう》の事を以《もっ》てす。帝の意《こころ》、敬を用いんとする也《なり》。敬たゞ涕泣《ていきゅう》して可《き》かず。帝|猶《なお》殺すに忍び
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