降《くだ》り、舟を具《そな》えて迎う。燕王乃ち江神《こうじん》を祭り、師を誓わしめて江を渡る。舳艫《じくろ》相《あい》銜《ふく》みて、金鼓《きんこ》大《おおい》に震《ふる》う。盛庸等|海舟《かいしゅう》に兵を列せるも、皆|大《おおい》に驚き愕《おどろ》く。燕王諸将を麾《さしまね》き、鼓譟《こそう》して先登《せんとう》す。庸の師|潰《つい》え、海舟皆其の得るところとなる。鎮江《ちんこう》の守将|童俊《どうしゅん》、為《な》す能わざるを覚りて燕に降る。帝、江上の海舟も敵の用を為《な》し、鎮江等諸城皆降るを聞きて、憂鬱《ゆううつ》して計《はかりごと》を方孝孺に問う。孝孺民を駆《か》りて城に入れ、諸王をして門を守らしむ。李景隆《りけいりゅう》等《ら》燕王に見《まみ》えて割地の事を説くも、王応ぜず。勢《いきおい》いよ/\逼《せま》る。群臣|或《あるい》は帝に勧むるに淅《せつ》に幸《こう》するを以てするあり、或《あるい》は湖湘《こしょう》に幸するに若《し》かずとするあり。方孝孺堅く京《けい》を守りて勤王《きんのう》の師の来《きた》り援《たす》くるを待ち、事|若《も》し急ならば、車駕《しゃが》蜀《しょく》に幸《みゆき》して、後挙を為さんことを請う。時に斉泰《せいたい》は広徳《こうとく》に奔《はし》り、黄子澄は蘇州《そしゅう》に奔り、徴兵を促《うなが》す。蓋《けだ》し二人皆実務の才にあらず、兵を得る無し。子澄は海に航して兵を外洋に徴《め》さんとして果《はた》さず。燕将|劉保《りゅうほ》、華聚《かしゅう》等《ら》、終《つい》に朝陽門《ちょうようもん》に至り、備《そなえ》無きを覘《うかが》いて還りて報ず。燕王|大《おおい》に喜び、兵を整えて進む。金川門《きんせんもん》に至る。谷王《こくおう》※[#「木+惠」、UCS−6A5E、337−8]《けい》と李景隆《りけいりゅう》と、金川門を守る。燕兵至るに及んで、遂《つい》に門を開いて降る。魏国公《ぎこくこう》徐輝祖《じょきそ》屈せず、師を率いて迎え戦う。克《か》つ能《あた》わず。朝廷文武皆|倶《とも》に降って燕王を迎う。


 史を按《あん》じて兵馬の事を記す、筆墨も亦《また》倦《う》みたり。燕王《えんおう》事を挙げてより四年、遂《つい》に其《その》志を得たり。天意か、人望か、数《すう》か、勢《いきおい》か、将又《はたまた》理の応《まさ》に然《しか》るべきものあるか。鄒公《すうこう》瑾《きん》等《ら》十八人、殿前に於《おい》て李景隆《りけいりゅう》を殴《う》って幾《ほとん》ど死せしむるに至りしも、亦《また》益無きのみ。帝、金川門《きんせんもん》の守《まもり》を失いしを知りて、天を仰いで長吁《ちょうく》し、東西に走り迷《まど》いて、自殺せんとしたもう。明史《みんし》、恭閔恵《きょうびんけい》皇帝紀に記す、宮中火起り、帝終る所を知らずと。皇后|馬氏《ばし》は火に赴いて死したもう。丙寅《へいいん》、諸王及び文武の臣、燕王に位に即《つ》かんことを請う。燕王辞すること再三、諸王|羣臣《ぐんしん》、頓首《とんしゅ》して固く請う。王|遂《つい》に奉天殿《ほうてんでん》に詣《いた》りて、皇帝の位に即く。
 是《これ》より先|建文《けんぶん》中、道士ありて、途《みち》に歌って曰《いわ》く、

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燕《えん》を逐《お》ふ莫《なか》れ、
燕を逐ふ莫れ。
燕を逐へば、日に高く飛び、
高く飛びで、帝畿《ていき》に上《のぼ》らん。
[#ここで字下げ終わり]

 是《ここ》に至りて人|其《その》言の応を知りぬ。燕王今は帝《てい》たり、宮人|内侍《ないじ》を詰《なじ》りて、建文帝の所在を問いたもうに、皆|馬《ば》皇后の死したまえるところを指して応《こた》う。乃《すなわ》ち屍《かばね》を※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]燼中《かいじんちゅう》より出して、之《これ》を哭《こく》し、翰林侍読《かんりんじどく》王景《おうけい》を召して、葬礼まさに如何《いかん》すべき、と問いたもう。景|対《こた》えて曰く、天子の礼を以てしたもうべしと。之に従う。
 建文帝の皇考《おんちち》興宗孝康《こうそうこうこう》皇帝の廟号《びょうごう》を去り、旧《もと》の諡《おくりな》に仍《よ》りて、懿文《いぶん》皇太子と号し、建文帝の弟|呉王《ごおう》允※[#「火+通」、UCS−71A5、339−9]《いんとう》を降《くだ》して広沢王《こうたくおう》とし、衛王《えいおう》允※[#「火+堅」、UCS−719E、339−9]《いんけん》を懐恩王《かいおんおう》となし、除王《じょおう》允※[#「熈」の「ノ」に代えて「冫」、第3水準1−87−58]《いんき》を敷恵王《ふけいおう》となし、尋《つい》で復《また》庶人《しょじん》と為《な》ししが、諸王|後
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