ごけつ》、平安《へいあん》は、盛庸《せいよう》の軍を援《たす》けんとして、真定《しんてい》より兵を率いて出《い》でしが、及ばざること八十里にして庸の敗れしことを聞きて還りぬ。燕王、真定の攻め難きを以て、燕軍は回出して糧《かて》を取り、営中|備《そなえ》無しと言わしめ、傑等を誘《いざな》う。傑等之を信じて、遂に※[#「濾」の「思」に代えて「乎」、第4水準2−79−10]沱河《こだか》に出づ。王|河《かわ》を渡り流《ながれ》に沿いて行くこと二十里、傑の軍と藁城《ごうじょう》に遇う。実に閏《うるう》三月|己亥《きがい》なり。翌日|大《おおい》に戦う。燕将|薛禄《せつろく》[#「薛禄」は底本では「薜禄」]、奮闘|甚《はなは》だ力《つと》む。王|驍騎《ぎょうき》を率いて、傑の軍に突入し、大呼猛撃す。南軍|箭《や》を飛ばす雨の如《ごと》く、王の建つるところの旗、集矢《しゅうし》蝟毛《いもう》の如く、燕軍多く傷つく。而《しか》も王|猶《なお》屈せず、衝撃|愈《いよいよ》急なり。会《たまたま》また暴※[#「風にょう+(犬/(犬+犬))、第4水準2−92−41]《ぼうひょう》起り、樹《き》を抜《ぬ》き屋《おく》を飜《ひるがえ》す。燕軍之に乗じ、傑等|大《おおい》に潰《つい》ゆ。燕兵追いて真定城下に至り、驍将《ぎょうしょう》※[#「登+おおざと」、第3水準1−92−80]※[#「晉+戈」、第4水準2−12−85]《とうしん》、陳※[#「周+鳥」、第3水準1−94−62]《ちんちゅう》等を擒《とりこ》にし、斬首《ざんしゅ》六万余級、尽《ことごと》く軍資器械を得たり。王|其《そ》の旗を北平《ほくへい》に送り、世子《せいし》に諭《さと》して曰く、善《よ》く之《これ》を蔵し、後世をして忘る勿《なか》らしめよと。旗世子の許《もと》に至る。時に降将《こうしょう》顧成《こせい》、坐《ざ》に在《あ》りて之を見る。成は操舟《そうしゅう》を業とする者より出づ。魁岸《かいがん》勇偉、膂力《りょりょく》絶倫、満身の花文《かぶん》、人を驚かして自ら異にす。太祖に従って、出入離れず。嘗《かつ》て太祖に随《したが》って出でし時、巨舟《きょしゅう》沙《すな》に膠《こう》して動かず。成|即《すなわち》便舟を負いて行きしことあり。鎮江《ちんこう》の戦《たたかい》に、執《とら》えられて縛《ばく》せらるゝや、勇躍して縛を断ち、刀《とう》を持てる者を殺して脱帰し、直《ただち》に衆を導いて城を陥《おと》しゝことあり。勇力察す可《べ》し。後《のち》戦功を以《も》って累進して将となり、蜀《しょく》を征し、雲南《うんなん》を征し、諸蛮《しょばん》を平らげ、雄名世に布《し》く。建文元年|耿炳文《こうへいぶん》に従いて燕と戦う。炳文敗れて、成|執《とら》えらる。燕王自ら其《その》縛を解いて曰く、皇考の霊、汝《なんじ》を以《もっ》て我に授くるなりと。因《よ》って兵を挙ぐるの故を語る。成感激して心を帰《き》し、遂《つい》に世子を輔《たす》けて北平を守る。然《しか》れども多く謀画《ぼうかく》を致すのみにして、終《つい》に兵に将として戦うを肯《がえ》んぜす、兵器を賜《たま》うも亦《また》受けず。蓋《けだ》し中年以後、書を読んで得るあるに因《よ》る。又一種の人なり。後《のち》、太子|高熾《こうし》の羣小《ぐんしょう》の為《ため》に苦《くるし》めらるるや、告げて曰く、殿下は但《ただ》当《まさ》に誠を竭《つく》して孝敬《こうけい》に、孳々《しし》として民を恤《めぐ》みたもうべきのみ、万事は天に在り、小人は意を措《お》くに足らずと。識見亦高しというべし。成は是《かく》の如き人なり。旗を見るや、愴然《そうぜん》として之を壮《そう》とし、涙下りて曰く、臣|少《わか》きより軍に従いて今老いたり、戦陣を歴《へ》たること多きも、未《いま》だ嘗《かつ》て此《かく》の如きを見ざるなりと。水滸伝《すいこでん》中の人の如き成をして此《この》言を為《な》さしむ、燕王も亦悪戦したりというべし。而して燕王の豪傑の心を攬《と》る所以《ゆえん》のもの、実に王の此《こ》の勇往|邁進《まいしん》、艱危《かんき》を冒して肯《あえ》て避けざるの雄風《ゆうふう》にあらずんばあらざる也。
 四月、燕兵|大名《だいみょう》に次《じ》す。王、斉泰《せいたい》と黄子澄《こうしちょう》との斥《しりぞ》けらるゝを聞き、書を上《たてまつ》りて、呉傑《ごけつ》、盛庸《せいよう》、平安《へいあん》の衆を召還せられんことを乞《こ》い、然《しか》らずんば兵を釈《と》く能《あた》わざるを言う。帝|大理少卿《たいりしょうけい》薛※[#「山/品」、第3水準1−47−85]《せつがん》[#「薛※[#「山/品」、第3水準1−47−85]」は底本では「薜※[#「山/品」、第3水準1−4
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