を背にして陣し、密《ひそか》に火器|毒弩《どくど》を列《つら》ねて、粛《しゅく》として敵を待ったり。燕兵もと勇にして毎戦毎勝す。庸の軍を見るや鼓譟《こそう》して薄《せま》る。火器|電《でん》の如《ごと》くに発し、毒弩雨の如く注げば、虎狼鴟梟《ころうしきょう》、皆傷ついて倒る。又|平安《へいあん》の兵の至るに会う。庸|是《ここ》に於て兵を麾《さしまね》いて大《おおい》に戦う。燕王精騎を率いて左翼を衝《つ》く。左翼動かずして入る能わず。転じて中堅を衝《つ》く。庸陣を開いて王の入るに縦《まか》せ、急に閉じて厚く之を囲む。燕王衝撃|甚《はなは》だ力《つと》むれども出《い》づることを得ず、殆《ほと》んど其の獲《う》るところとならんとす。朱能《しゅのう》、周長《しゅうちょう》等、王の急を見、韃靼《だったん》騎兵を縦《はな》って庸の軍の東北角を撃つ。庸|之《これ》を禦《ふせ》がしめ、囲《かこみ》やゝ緩《ゆる》む。能《のう》衝いて入って死戦して王を翼《たす》けて出づ。張玉《ちょうぎょく》も亦《また》王を救わんとし、王の已《すで》に出でたるを知らず、庸の陣に突入し、縦横奮撃し、遂に悪闘して死す。官軍|勝《かち》に乗じ、残獲万余人、燕軍|大《おおい》に敗れて奔《はし》る。庸兵を縦《はな》って之を追い、殺傷甚だ多し。此《この》役《えき》や、燕王|数々《しばしば》危《あやう》し、諸将帝の詔《みことのり》を奉ずるを以て、刃《じん》を加えず。燕王も亦|之《これ》を知る。王騎射|尤《もっと》も精《くわ》し、追う者王を斬《き》るを敢《あえ》てせずして、王の射て殺すところとなる多し。適々《たまたま》高煦《こうこう》、華衆《かしゅう》等を率いて至り、追兵を撃退して去る。
燕王張玉の死を聞きて痛哭《つうこく》し、諸将と語るごとに、東昌《とうしょう》の事に及べば、曰く、張玉を失うより、吾《われ》今に至って寝食安からずと。涕《なみだ》下りて已《や》まず。諸将も皆泣く。後《のち》功臣を賞するに及びて、張玉を第一とし、河間《かかん》王を追封《ついほう》す。
初め燕王《えんおう》の師の出《い》づるや、道衍《どうえん》曰《いわ》く、師は行《ゆ》いて必ず克《か》たん、たゞ両日を費《ついや》すのみと。東昌《とうしょう》より還《かえ》るに及びて、王多く精鋭を失い、張玉《ちょうぎょく》を亡《うしな》うを以《もっ》て、意|稍《やや》休まんことを欲す。道衍曰く、両日は昌|也《なり》、東昌の事|了《おわ》る、此《これ》より全勝ならんのみと。益々《ますます》士を募り勢《いきおい》を鼓《こ》す。建文三年二月、燕王自ら文を撰《せん》し、流涕《りゅうてい》して陣亡の将士張玉等を祭り、服するところの袍《ほう》を脱して之《これ》を焚《や》き、以て亡者《ぼうしゃ》に衣《き》するの意をあらわし、曰く、其《そ》れ一|糸《し》と雖《いえど》もや、以て余が心を識《し》れと。将士の父兄子弟|之《これ》を見て、皆感泣して、王の為《ため》に死せんと欲す。
燕王|遂《つい》に復《また》師を帥《ひき》いて出《い》づ。諸将士を諭《さと》して曰く、戦《たたかい》の道、死を懼《おそ》るゝ者は必ず死し、生《せい》を捐《す》つる者は必ず生く、爾《なんじ》等《ら》努力せよと。三月、盛庸《せいよう》と來河《きょうが》に遇《あ》う。燕将|譚淵《たんえん》、董中峰《とうちゅうほう》等《ら》、南将|荘得《そうとく》と戦って死し、南軍|亦《また》荘得《そうとく》、楚知《そち》、張皀旗《ちょうそうき》等を失う。日暮れ、各《おのおの》兵を斂《おさ》めて営に入る。燕王十余騎を以て庸の営に逼《せま》って野宿《やしゅく》す。天|明《あ》く、四面皆敵なり。王|従容《しょうよう》として去る。庸の諸将|相《あい》顧《かえり》みて愕《おどろ》き※[#「目+台」、第3水準1−88−79]《み》るも、天子の詔、朕をして叔父《しゅくふ》を殺すの名を負わしむる勿《なか》れの語あるを以て、矢を発《はな》つを敢《あえ》てせず。此《この》日《ひ》復《また》戦う。辰《たつ》より未《ひつじ》に至って、両軍|互《たがい》に勝ち互に負く。忽《たちまち》にして東北風|大《おおい》に起り、砂礫《されき》面《おもて》を撃つ。南軍は風に逆《さから》い、北軍は風に乗ず。燕軍|吶喊《とっかん》鉦鼓《しょうこ》の声地を振《ふる》い、庸の軍当る能《あた》わずして大《おおい》に敗れ走る。燕王戦|罷《や》んで営に還《かえ》るに、塵土《じんど》満面、諸将も識《し》る能わず、語声を聞いて王なるを覚《さと》りしという。王の黄埃《こうあい》天に漲《みなぎ》るの中に在《あ》って馳駆奔突《ちくほんとつ》して叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》号令せしの状、察す可《べ》きなり。
呉傑《
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