来るのです。手早く例を申しませうならば、同じ人でも酒に酔へば、其酔はぬ時とは人相は相違致します。酔うても骨格は変らぬが、一時間か二時間の事で気色は変つて終ひます。酔うて宜しい相になる人も有りますが、十の九までは酔うた相は宜しくありません。即ち悪変するのです。心が其舎を守らないで浮動泛濫する相になりますから、其相は過失に近づき易い相になるのであります。此道理で悪企《わるだくみ》を始めれば悪い相になります、善行善意を心掛けると善い相になります。されば仏経には、布施は美の原《もと》であるといふやうに説いてあります。仁心が即ち布施の根本でありますが、仁心を始終抱いて居ますれば、自然に其の香が露はれて来まして美しくなる道理で有ります。斉の賢人の管仲の書に、悪女怨気を盛るといふ語が有りまするが、醜婦が怨みの心を抱いた人相などは有り難くない者の頂上で、愈※[#二の字点、1−2−22]悪い相になりませうが、いくら悪女でも仁心を抱いて居れば必ず見づらいものでは有りませぬ。是故《このゆゑ》に相は心を追うて変ずるもので有りまして、心掛次第行為次第で相貌は変じ、従つて運命も変ずるものであります。
かやうな訳
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