しも利不利を与へるとは限りません。美人薄命といふ語さへあつて、美しい為に不利を亨けた例は歴史にも伝説にも余るほどあります。人相家の方では、世俗の美しいといふのには却て宜しく無く、世俗が醜いといふのに却て宜しいとするのが甚だ多いのでありますが、美醜の論だけに於てさへ前に申しました通り、必ずしも何様の彼様のといふことは定められぬのであります。それで二千年の遠い古の荀子といふ学者さへ非相論を著はして、相貌によつて運命が定められているといふ思想を粉砕して居るのであります。単に相貌から申しますれば、孔子様は陽虎といふ詰らぬ人に酷《よく》肖《に》て居られたので人違をされた位ですが、陽虎の人となりや運命が孔子様とは大変な相違であつたことに誰しも異論はありません。
人相家の説に反対した人は遠い古から俊秀の人に何程有つたか知れません。よし一歩も二歩も譲つて、相貌骨格を以て人の運命が定まつて居るものとしましたところで、人相といふものは変るもので有りますから、人相が既に変る以上は運命もまた変る訳でして、して見れば心掛や所行や境遇によつて運命もどし/\変ると考へて正当であります。こゝに極※[#二の字点、1−
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