りましたとて、何で今の人がこれを念頭に上せませうか。諸葛孔明が死んだ時に大きな星が墜ちた、それを観て敵の司馬懿が孔明の死を悟つて攻寄せたなどといふ談は、軍談では面白いことですが、それは勿論たゞお話です。そんな事が真実ならば、人は一※[#二の字点、1−2−22]天の星の一※[#二の字点、1−2−22]に相応して居る訳で、星の数と人の数と同じで無ければならぬことになります。英雄豪傑は赤い星、美人才女は美しい星、兇悪の人は箒星、平凡の人は糠星や見えないやうな星、をかしな人は夜這星なんて、そんな馬鹿気た事が何処にありませう。生れた年月日時によつて人の運命が定められては堪《たま》りません。御亭主が暦を披いて十干十二支を調べながら産婦に対つて、「丁度好い日だぞ上※[#二の字点、1−2−22]吉の日だぞ、かの子や、今日の三時に男の子を生め、はやくイキンで生め」なぞと云つたり、「今日は悪日だ、辛抱して明日の朝まで産むな」なぞと云ふことになつたら堪るものではありません。古い人でも流石に道理の分つた人がありまして、漢の王充といふ人が申して居りますが、秦と趙と戦つた時、秦の白起といふ猛将が趙の降参の兵卒四十
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