「咤−宀」、第3水準1−14−85]《りた》は托鉢《たくはつ》なして食《し》を得んと城中《まち》に入りしが、生憎《あやにく》布施するものもなかりければ空鉢《くうはつ》をもて還《かえ》らんとしけるが、途《みち》にて弟に行遇《ゆきあ》ひたり。弟は兄を剃髪染衣《ていはつぜんえ》の身ならむとは思ひもかけず、兄は弟を薪売り人《びと》になりをらむとは思ひもかけず、かつ諸共《もろとも》に窶《やつ》れ齢《とし》老いたればそれとも心づかざれど、弟の阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]は尊げなる僧の饑《う》ゑたる面色《おももち》して空鉢を捧《ささ》げ還る風情《ふぜい》を見るより、図らず惻隠《そくいん》の善心を起し、往時《むかし》兄をば情《つれ》なくせしことをも思ひ浮めて悔いつつ、薪に代《か》へて僅に得し稗《ひえ》の※[#「麥にょう+少」、第4水準2−94−55]《こ》あるを与へんと僧を呼び留め、尊者《そんじゃ》よ、道のためにせらるる尊き人よ、幸ひに我が奉つる麁食《そしい》を納め玉はむや、と問へば僧はふりかへりて、薪を売る人よ、世の慾を捨てし我らなればその芳志《こころざし》を受《うく》るのみ、美味
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