は大きに財に乏しきゆゑ何卒《なにとぞ》合力してくれよといひけるに、弟は答へて、先に我が窮困して汝《おんみ》が許《もと》にいたり僅《わずか》の合力を乞ひしとき汝は何といひ玉ひし、貧しくなりて苦むも皆みづからの心がらぞと情《つれ》なく我を責め玉ひしにはあらずや、我今汝にその語《ことば》を返さん、貧しくなりて苦むも皆みづからの心がらぞ、我は汝を助けがたし、と恩を忘れて謝絶《ことわ》りける。
 兄は弟のあさましき言葉に深き愁《うれい》を起し、血統《ちすじ》の兄弟にてすらもかくまでに酷《むご》く情《つれ》なければまして縁なき世の人をや、ああ厭《いと》はしき世の中なりと、狭き心に思ひ定めて商買《しょうばい》を廃《や》め、僧と身をなして、ひたすらに悪《あし》き世を善に導かんと修行に心を委《ゆだ》ね、ある山深きところに到りて精勤苦行しゐたりけるが、年月《としつき》経《たち》て一旦《いったん》富みし弟の阿利※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]《ありた》は、兄に対して薄情なりし報いのためにや損毛のみ打つづきてまた貧者となり、薪《たきぎ》を売りて辛《から》くも活《い》くる身となりけり。時に兄の利※[#
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