ょく》を乞《こ》ひに来ければ、兄は是非なく銭十万を与へけるに、それをも少時《しばし》に用《つか》ひ尽してまた合力を乞ひに来りぬ。一人の弟のことなればと、苦き顔もせで兄はいふまままた十万を与へしに、またそれをさへ遣《つか》ひ果して、例の通りに無心に来ること前の如し。前後合せてかくの如きこと六反《ろくへん》に及びけれど、その度ごとに十万づつ与へて兄は惜《おし》ともおもはざりしが、七反目にいたりてさすがに堪《こら》へきれずなり、父上の遺訓にも背きしのみか数次《しばしば》来りて財を乞ふ段、弟とはいへ奇怪なり、貧しくなりて苦むも皆自らの心がらぞ、この度だけは十万銭を例のごとくに与ふべけれど以後は来るとも与ふまじきぞ、能く心して生活《なりわい》の道を治めよ、と苦《ねんご》ろに説き示しければ、弟はこれを口惜《くちおし》く思ひてその後《のち》生活の道に心を用ひ、漸《ようや》く富を致《いた》しけるが、それに引替へ兄はまた数次《しばしば》弟に財を与へしより貧しくなりて自ら支《ささ》へがたきに及び、かつて与へしこともあれば今は弟に少時《しばし》のところを助けてもらはむと、弟のところに到《いた》りて、我この頃
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