取りしに、頭はまた新《あらた》に自然《おのず》と生じ、また截り取ればまた生じぬ。手を截り去れば手また生じ、脚《あし》を截り去れば脚また生じ、金の頭金の手金の脚家|充満《いっぱい》となりて、爛々燦々《らんらんさんさん》と輝きわたりければ、この事王の耳に入りしが、仔細《しさい》を問ひ玉ふに及びて、これ善行の報《むくい》なりと知れ、福人《ふくじん》なりとて売薪者《たきぎうり》を急に一聚落《ひとむら》の長《おさ》に封ぜられしとぞ。眼前《めのまえ》には利ありとも不善によりて保ちたる利は終《つい》に保ちがたく、眼前には福を獲ずとも善心によりて生ずる福は終に大きなるものなり。

 むかしむかし棄老国と号《よ》ばれたる国ありて、其国《そこ》に住めるものは、自己《おの》が父母《ちちはは》の老い衰へて物の役にも立たずなれば、老人《としより》は国の費えなりとて遠き山の奥野の末なんどに駆り棄《す》つるを恒例《つね》とし、また一国の常法《おきて》となしゐけるが、ここに一人の孝心深き大臣ありけり。日頃やさしく父に事《つか》へて孝養怠りなかりしが、月日の経《た》つは是非なきことにてその父やうやく老いにければ、国法に順《したが》はむには山にもせよ野にせよ里|距《はな》れたる地《ところ》へ棄つべくなりぬ。されども元来《もとより》孝心深き大臣の、如何《いか》で然《さ》る酷《むご》きことをなし得べき。事|露《あら》はれて国法に背《そむ》きたる罪を問はれなばそれまでなりと、深く地を掘りて密室をその中《うち》に造り設け、表面《うわべ》は那処《いずく》へか棄てたるやうにもてなして父をば其室《そこ》に忍ばせ置き、なほ孝養を尽しける。
 時にたまたま天の神ありて突然《にわか》に棄老の王宮に降《くだ》り、国王ならびに諸臣に対《むか》ひて、手に持てる二《ふたつ》の蛇《へび》を殿上に置き、見よ見よ汝《なんじ》ら、汝らこの蛇のいづれか雄《お》にしていづれか雌《め》なるを別ち得るや、別ち得ばよし、別ち得ずんば国王よく聞け、汝を亡ぼし、汝の国をも我が神力《じんりき》もて滅すべし、七日《なぬか》の間にこの棄老をば殄《ほろ》ぼすべきぞ、と厳然として誥《つ》げければ、王は大きに驚き畏《おそ》れ、群臣と共に頭《こうべ》をあつめて答弁《こたえ》をなさんと議《はか》れども、誰《たれ》とて蛇の雌雄をば見定むべくもあらぬままただ当惑するばかりなり。国の大事ぞ、等閑《なおざり》になせそ、もし何者にもあれ天神の難問を能《よ》く解き開き得ば厚く賞与をすべきなりと、一国内に洽《あまね》く知らしめて答弁《こたえ》を募るに応ずるものも更になし。彼の大臣は家に帰りて、もし我が父の知ることもやと例の密室に至りてこの由《よし》を述べけるに、そは難渋《むつかし》きことにあらず、軟※[#「而/大」、第4水準2−85−5]《やわらか》にして細《こまか》きものを蛇に近づけてその躁《さわ》ぐを雄と知り、静かなるを雌と知るべしと教へければ、大臣は急に王宮に行きてこの旨をいひ出で、試しみるに果してその言の如く、雄雌紛るるかたもあらず。王は悦《よろこ》びて天神に対《むか》ひ、これは雌にしてこれは雄なりと答ふるにその答誤りなければ、天神はまた一大白象を現《あらわ》して、この象の重さ幾斤両ぞ、答へ得ずんば国を覆《くつがえ》さん、と難題を出《いだ》しぬ。
 王も諸臣も、如何《いか》にして秤皿《はかりざら》にも載せがたきこの大象の重さを知り得んと答へ迷《まど》ひけるが、彼《かの》大臣はまた父に問ひ尋ぬるに、そは易《やす》きことなり、象をば船に打乗せて水の船を没《かく》すところに印《しるし》をつけ置き、さて象の代りに石を積みて先の印のところまで船の水に没るるを見計らひ、一々石の量目《めかた》を量り集めなば即《すなわ》ち象の斤両を得べしと教へられ、道理《もっとも》なりと合点《がてん》してこの智《ち》をもつて天神に答へける。よしよし、さらばまた問はむ、一掬《いっきく》の水の大海より多きことあり、この理を知るや、と天神の例の如くに難問を下すに、例のごとく王らはまた答へを為《な》し得で困りけれど、彼大臣は例のごとく老父の教《おしえ》を得て、その語は極めて解きやすし、もし人ありて慈悲心をもて父母《ちちはは》乃至《ないし》世の病人なんどに水を施さば、仮令《たとい》その量《かさ》少くして僅《わずか》に掌《てのひら》に掬《むす》びたるほどなりとも、その功徳《くどく》広大無辺にして大海といへども比ぶるに足らじといひければ、この度は天神忽ち身を変じて、眉《まゆ》うつくしく色あざやかに、玉とも花ともいふべきまで※[#「女+交」、第4水準2−5−49]麗《かおよ》き女と化けながら、世間に我ほど端厳《うつくし》きものあるべきやと尋ねたり。
 王らは例の如く答なかりしが大
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