事件以来ファッシズム殊に〈軍部〉内に於《お》けるファッシズムは、掩《おお》うべからざる公然の事実となった。而《しか》して今回災禍に遭遇したる数名の人々は此《こ》のファッシズム的傾向に抗流することを意識目的とし、その死が或《あるい》は起こりうることを予知したのであろう、而《しか》も彼等は来らんとする死に直面しつつ、身を以《もっ》てファッシズムの潮流を阻止せんとしたのである。筆者は之等《これら》の人々を個人的に知らず、知る限りに於て彼等と全部的に思想を同じくするものではない。然しファッシズムに対抗する一点に於ては、彼等は吾々の老いたる同志である。動《やや》もすれば退嬰《たいえい》保身に傾かんとする老齢の身を以て、危険を覚悟しつつその所信を守りたる之等の人々が、不幸|兇刃《きょうじん》に仆るとの報を聞けるとき、私は云《い》い難き深刻の感情の胸中に渦巻けるを感じた。

       三

 ファッシストの何よりも非なるは、一部少数のものが〈暴〉力を行使して、国民多数の意志を蹂躙《じゅうりん》するに在る。国家に対する忠愛の熱情と国政に対する識見とに於て、生死を賭《と》して所信を敢行する勇気とに於
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