いのでございます。」
「お蝋を持って行くであすか。ふうむ、」と大《おおき》く鼻を鳴《なら》す。
「それも、一度お供えになりました、燃えさしが願いたいのでございまして。」
 いや、時節がら物騒千万。

       三

「待て、待て、ちょっと……」
 往来|留《どめ》の提灯《ちょうちん》はもう消したが、一筋、両側の家の戸を鎖《さ》した、寂《さみ》しい町の真中《まんなか》に、六道の辻の通《みち》しるべに、鬼が植えた鉄棒《かなぼう》のごとく標《しるし》の残った、縁日果てた番町|通《どおり》。なだれに帯板へ下りようとする角の処で、頬被《ほおかぶり》した半纏着《はんてんぎ》が一人、右側の廂《ひさし》が下った小家の軒下暗い中から、ひたひたと草履で出た。
 声も立てず往来留のその杙《くい》に並んで、ひしと足を留めたのは、あの、古井戸の陰から、よろりと出て、和尚に蝋燭の燃えさしをねだった、なぜ、その手水鉢の柄杓を盗まなかったろうと思う、船幽霊《ふなゆうれい》のような、蒼《あお》しょびれた男である。
 半纏着は、肩を斜《はす》っかいに、つかつかと寄って、
「待てったら、待て。」とドス声を渋くかすめて、
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