「時に……」
と延一は、ギクリと胸を折って、抱えた腕なりに我が膝に突伏《つっぷ》して、かッかッと咳をした。
十
その瞼に朱を灌《そそ》ぐ……汗の流るる額を拭《ぬぐ》って、
「……時に、その枕頭《まくらもと》の行燈《あんどん》に、一挺消さない蝋燭があって、寂然《しん》と間《ま》を照《てら》しておりますんでな。
――あれは――
――水天宮様のお蝋です――
と二つ並んだその顔が申すんでございます。灯の影には何が映るとお思いなさる、……気になること夥《おびただ》しい。
――消さないかい――
――堪忍して――
是非と言えば、さめざめと、名の白露が姿を散らして消えるばかりに泣きますが。推量して下さいまし、愛想尽《あいそづか》しと思うがままよ、鬼だか蛇《じゃ》だか知らない男と一つ処……せめて、神仏《かみほとけ》の前で輝いた、あの、光一ツ暗《やみ》に無うては恐怖《こわ》くて死んでしまうのですもの。もし、気になったら、貴方《あなた》ばかり目をお瞑《つむ》りなさいまし。――と自分は水晶のような黒目がちのを、すっきり※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、
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