らりと立つ。
堂とは一町ばかり間《あわい》をおいた、この樹の許《もと》から、桜草、菫《すみれ》、山吹、植木屋の路《みち》を開き初《そ》めて、長閑《のどか》に春めく蝶々|簪《かんざし》、娘たちの宵出《よいで》の姿。酸漿屋《ほおずきや》の店から灯が点《とも》れて、絵草紙屋、小間物|店《みせ》の、夜の錦《にしき》に、紅《くれない》を織り込む賑《にぎわい》となった。
が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見|櫓《やぐら》が遠霞《とおがすみ》で露店の灯の映るのも、花の使《つかい》と視《なが》めあえず、遠火で焙《あぶ》らるる思いがしよう、九時というのに屋敷町の塀に人が消えて、御堂《みどう》の前も寂寞《ひっそり》としたのである。
提灯《ちょうちん》もやがて消えた。
ひたひたと木の葉から滴る音して、汲《くみ》かえし、掬《むす》びかえた、柄杓《ひしゃく》の柄を漏る雫《しずく》が聞える。その暗くなった手水鉢の背後《うしろ》に、古井戸が一つある。……番町で古井戸と言うと、びしょ濡れで血だらけの婦《おんな》が、皿を持って出そうだけれども、別に仔細《しさい》はない。……参詣
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