火奴《ほくち》に礫《つぶて》が飛ぶと、そのままチリチリと火の粉になって燃出しそうな物騒さ。下町、山の手、昼夜の火沙汰《ひざた》で、時の鐘ほどジャンジャンと打《ぶ》つける、そこもかしこも、放火《つけび》だ放火だ、と取り騒いで、夜廻りの拍子木が、枕に響く町々に、寝心のさて安からざりし年とかや。
三月の中の七日、珍しく朝凪《あさな》ぎして、そのまま穏《おだや》かに一日暮れて……空はどんよりと曇ったが、底に雨気《あまげ》を持ったのさえ、頃日《このごろ》の埃には、もの和《やわら》かに視《なが》められる……じとじととした雲一面、星はなけれど宵月の、朧々《おぼろおぼろ》の大路小路。辻には長唄の流しも聞えた。
この七の日は、番町の大銀杏《おおいちょう》とともに名高い、二七の不動尊の縁日で、月六斎。かしらの二日は大粒の雨が、ちょうど夜店の出盛る頃に、ぱらぱら生暖《なまあったか》い風に吹きつけたために――その癖すぐに晴れたけれども――丸潰《まるつぶ》れとなった。……以来、打続いた風ッ吹きで、銀杏の梢《こずえ》も大童《おおわらわ》に乱れて蓬々《おどろおどろ》しかった、その今夜は、霞に夕化粧で薄あかりにす
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