す、何|転進《てんじん》とか申すのにばかり結う。
何と絵蝋燭を燃したのを、簪で、その髷《まげ》の真中へすくりと立てて、烏羽玉《うばたま》の黒髪に、ひらひらと篝火《かがりび》のひらめくなりで、右にもなれば左にもなる、寝返りもするのでございます。
――こうして可愛がって下さいますなら、私ゃ死んでも本望です――
とこれで見るくらいまた、白露のその美しさと云ってはない。が、いかな事にも、心を鬼に、爪を鷲《わし》に、狼の牙《きば》を噛鳴《かみな》らしても、森で丑《うし》の時|参詣《まいり》なればまだしも、あらたかな拝殿で、巫女《みこ》の美女を虐殺《なぶりごろ》しにするようで、笑靨《えくぼ》に指も触れないで、冷汗を流しました。……
それから悩乱。
因果と思切れません……が、
――まあ嬉しい――
と云う、あの、容子《ようす》ばかりも、見て生命《いのち》が続けたさに、実際、成田へも中山へも、池上、堀の内は申すに及ばず。――根も精も続く限り、蝋燭の燃えさしを持っては通い、持っては通い、身も裂き、骨も削りました。
昏《くら》んだ目は、昼遊びにさえ、その燈《ともしび》に眩《まぶ》しいので。
手足の指を我と折って、頭髪《ずはつ》を掴《つか》んで身悶《みもだ》えしても、婦《おんな》は寝るのに蝋燭を消しません。度かさなるに従って、数を増し、燈《ひ》を殖《ふや》して、部屋中、三十九本まで、一度に、神々の名を輝かして、そして、黒髪に絵蝋燭の、五色の簪を燃して寝る。
その媚《なまめ》かしさと申すものは、暖かに流れる蝋燭より前《さき》に、見るものの身が泥になって、熔《と》けるのでございます。忘れません。
困果と業《ごう》と、早やこの体《てい》になりましたれば、揚代《あげだい》どころか、宿までは、杖に縋《すが》っても呼吸《いき》が切れるのでございましょう。所詮の事に、今も、婦《おんな》に遣わします気で、近い処の縁日だけ、蝋燭の燃えさしを御合力《おごうりょく》に預ります。すなわちこれでございます。」
と袂《たもと》を探ったのは、ここに灯《ひとも》したのは別に、先刻《さっき》の二七のそれであった。
犬のしきりに吠《ほ》ゆる時――
「で、さてこれを何にいたすとお思いなさいます。懺悔《ざんげ》だ、お目に掛けるものがある。」
「大変だ、大変だ。何だって和尚さん、奴もそれまでになったんだ。
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