窓から雪頽《なだ》れ込みそうな掘立一室《ほったてひとま》。何にも無い、畳の摺剥《すりむ》けたのがじめじめと、蒸れ湿ったその斑《まだら》が、陰と明るみに、黄色に鼠に、雑多の虫螻《むしけら》の湧《わ》いて出た形に見える。葉鉄《ブリキ》落しの灰の濡れた箱火鉢の縁《へり》に、じりじりと燃える陰気な蝋燭を、舌のようになめらかして、しょんぼりと蒼《あお》ざめた、髪の毛の蓬《おどろ》なのが、この小屋の……ぬしと言いたい、墓から出た状《さま》の進藤延一。
 がっしとまた胸を絞って、
「でありますが、余りお疑い深いのも罪なものでございます。」
 と、もの言う都度、肩から暗くなって、蝋燭の灯に目ばかりが希代に光る。
「疑うのが職業だって、そんな、お前《めえ》、狐の性《しょう》じゃあるまいし、第一、僕はそのね、何も本職というわけじゃないんだよ。」
 となぜか弱い音《ね》を吹いた……差向いをずり下《さが》って、割膝で畏《かしこま》った半纏着の欣八刑事、風受《かざう》けの可《よ》い勢《いきおい》に乗じて、土蜘蛛《つちぐも》の穴へ深入《ふかいり》に及んだ列卒《せこ》の形で、肩ばかり聳《そび》やかして弱身を見せじと、擬勢は示すが、川柳に曰く、鏝塗《こてぬ》りの形に動く雲の峰で、蝋燭の影に蟠《わだかま》る魔物の目から、身体《からだ》を遮りたそうに、下塗の本体、しきりに手を振る。……
「可《い》いかね、ちょいと岡引《おかっぴき》ッて、身軽な、小意気な処を勤めるんだ。このお前《めえ》、しっきりなし火沙汰の中さ。お前、焼跡で引火奴《ほくち》を捜すような、変な事をするから、一つ素引《しょぴ》いてみたまでのもんさね。直ぐにも打縛《ふんじば》りでもするように、お前、真剣《しんけん》になって、明白《あかり》を立てる立てるッて言わあ。勿論、何だ、御用だなんて威《おど》かしたには威しましたさ、そりゃ発奮《はずみ》というもんだ。
 明白《あかし》を立てます立てますッて、ここまで連れて来るから、途中で小用も出来ずさね、早い話が。
 隣家《となり》は空屋だと云うし、……」
 と、頬被《ほおかぶり》のままで、後を見た、肩を引いて、
「一軒隣は按摩《あんま》だと云うじゃねえか。取附《とッつ》きの相角がおでん屋だッて、かッと飲んだように一景気附いたと思や、夫婦で夜なしに出て、留守は小児《こども》の番をする下性《げしょう》の悪い
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