はございません、ですが御覧の通り、当場所も疾《とう》の以前から、かように電燈になりました。……ひきつけの遊君《おいらん》にお見違えはございません。別して、貴客様《あなッさま》なぞ、お目が高くっていらっしゃいます、へい、えッへへへへ。もっとも、その、ちとあちらへ、となりまして、お望みとありますれば、」
「だから、望みだから、お照しを出せよ。」
「それは、お照しなり、行燈《あんどん》なり、いかようともいたしますんで、とにかく、……夜も更けております事、遊君《おいらん》の処を、お早く、どうぞ。」
 と、ちらりと遣手部屋へ目を遣って、此奴《こいつ》、お荷物だ、と仕方で見せた。
「分らないな。」
 と煙管《きせる》を突込《つっこ》んで、ばったり置くと、赤毛氈《あかもうせん》に、ぶくぶくして、擬《まがい》印伝の煙草入は古池を泳ぐ体《てい》なり。
「女は蝋燭だと云ってるんだ。」
 お媼《ば》さんが突掛《つっか》け草履で、片手を懐に、小楊枝を襟先へ揉挿《もみさ》しながら、いけぞんざいに炭取を跨《また》いで出て、敷居越に立ったなり、汚点《しみ》のある額越しに、じろりと視《み》て、
「遊君《おいらん》が綺麗で柔順《おとな》しくって持てさいすりゃ言種《いいぐさ》はないんじゃないか。遅いや、ね、お前さん。」
 と一ツ叱って、客が這奴《しゃ》言おうで擡《もた》げた頭《ず》を、しゃくった頤《あご》で、無言《だんまり》で圧着《おしつ》けて、
「お勝どん、」と空《くう》を呼ぶ。
「へーい。」
 途端に、がらがらと鼠が騒いだ。……天井裏で声がして、十五六の当の婢《ちび》は、どこから顕《あらわ》れたか、煤《すす》を繋《つな》いで、その天井から振下《ぶらさ》げたように、二階の廊下を、およそ眠いといった仏頂面で、ちょろりと来た。
「白露さん、……お初会《しょかい》だよ。」
「へーい。」
 夢が裏返ったごとく、くるりと向うむきになって、またちょろり。
「旦那こちらへ、……ちょうどお座敷がございます。」
「待て、」
 と云ったが、遣手の剣幕に七分の恐怖《おそれ》で、煙草入を取って、やッと立つと……まだ酔っている片膝がぐたりとのめる。
「蝋燭はどうしたんだ。」
「何も御会計と御相談さ。」と、ずっきり言う。
 ……彼は、苦い顔で立上って、勿論広くはない廊下、左右の障子へ突懸《つっかけ》るように、若い衆の背中を睨《
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