「わあ、助けてくれ。」
「お前さん、可《い》い御機嫌で。」
 とニヤリと口を開けた、お媼《ば》さんの歯の黄色さ。横に小楊枝《こようじ》を使うのが、つぶつぶと入る。
 若い衆飛んで来て、腰を極《き》めて、爪先《つまさき》で、ついつい、
「ちょっと、こちらへ。」
 と古畳八畳敷、狸を想う真中《まんなか》へ、性《しょう》の抜けた、べろべろの赤毛氈《あかもうせん》。四角でもなし、円《まる》でもなし、真鍮《しんちゅう》の獅噛《しがみ》火鉢は、古寺の書院めいて、何と、灰に刺したは杉の割箸《わりばし》。
 こいつを杖《つえ》という体《てい》で、客は、箸を割って、肱《ひじ》を張り、擬勢を示して大胡坐《おおあぐら》に※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》となる。
「ええ。」
 と早口の尻上りで、若いものは敷居際に、梯子段見通しの中腰。
「お馴染様は、何方《どなた》様で……へへへ、つい、お見外《みそ》れ申しましてございまして、へい。」
「馴染はないよ。」
「御串戯《ごじょうだん》を。」
「まったくだ。」
「では、その、へへへ、」
「何が可笑《おか》しい。」
「いえ、その、お古い処を……お馴染|効《がい》でございまして、ちょっとお見立てなさいまし。」
 彼は胸を張って顔を上げた。
「そいつは嫌いだ。」
「もし、野暮なようだが、またお慰み。日比谷で見合と申すのではございません。」
「飛んだ見違えだぜ、気取るものか。一ツ大野暮に我輩、此家《ここ》のおいらんに望みがある。」
「お名ざしで?」
「悪いか。」
「結構ですとも、お古い処を、お馴染効でございまして。……」

       六

 対方《あいかた》は白露《しらつゆ》と極《きま》った……桔梗屋の白露、お職だと言う。……遣手部屋の蚯蚓《みみず》を思えば、什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そもさん》か、狐塚の女郎花《おみなえし》。
 で、この名ざしをするのに、客は妙な事を言った。
「若い衆、註文というのは、お照《てら》しだよ。」
「へい、」
「内に、居るだろう。」
「お照しが居《お》りますえ?」
 と解《げ》せない顔色《かおつき》。
「そりゃ、無いことはございませんが、」
「秘《かく》すな、尋常に顕《あらわ》せろ。」と真赤《まっか》な目で睨《にら》んで言った。
「何も秘します事
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