の巣に騒見《ぞめ》く、梟《ふくろう》という形で、も一度線路を渡越《わたりこ》した、宿《しゅく》の中ほどを格子摺《こうしず》れに伸《の》しながら、染色《そめいろ》も同じ、桔梗屋、と描《か》いて、風情は過ぎた、月明りの裏打をしたように、横店の電燈《でんき》が映る、暖簾《のれん》をさらりと、肩で分けた。よしこことても武蔵野の草に花咲く名所とて、廂《ひさし》の霜も薄化粧、夜半《よわ》の凄《すご》さも狐火《きつねび》に溶けて、情《なさけ》の露となりやせん。
「若い衆《しゅ》、」
「らっしゃい!」
「遊ぶぜ。」
「難有《ありがと》う様で、へい、」と前掛《まえかけ》の腰を屈《かが》める、揉手《もみで》の肱《ひじ》に、ピンと刎《は》ねた、博多帯《はかたおび》の結目《むすびめ》は、赤坂|奴《やっこ》の髯《ひげ》と見た。
「振らないのを頼みます。雨具を持たないお客だよ。」
「ちゃんとな、」
と唐桟《とうざん》の胸を劃《しき》って、
「胸三寸。……へへへ、お古い処、お馴染効《なじみがい》でございます、へへへ、お上んなはるよ。」
帳場から、
「お客様ア。」
まんざらでない跫音《あしおと》で、トントンと踏む梯子段《はしごだん》。
「いらっしゃい。」と……水へ投げて海津《かいず》を掬《しゃく》う、溌剌《はつらつ》とした声なら可《い》いが、海綿に染む泡波《あぶく》のごとく、投げた歯に舌のねばり、どろんとした調子を上げた、遣手部屋《やりてべや》のお媼《ば》さんというのが、茶渋に蕎麦切《そばきり》を搦《から》ませた、遣放《やりッぱな》しな立膝で、お下りを這曳《しょび》いたらしい、さめた饂飩《うどん》を、くじゃくじゃと啜《すす》る処――
横手の衝立《ついたて》が稲塚《いなづか》で、火鉢の茶釜《ちゃがま》は竹の子笠、と見ると暖麺《ぬくめん》蚯蚓《みみず》のごとし。惟《おもんみ》れば嘴《くちばし》の尖《とが》った白面の狐《コンコン》が、古蓑《ふるみの》を裲襠《うちかけ》で、尻尾の褄《つま》を取って顕《あらわ》れそう。
時しも颯《さっ》と夜嵐して、家中穴だらけの障子の紙が、はらはらと鳴る、霰《あられ》の音。
勢《いきおい》辟易《へきえき》せざるを得ずで、客人ぎょっとした体《てい》で、足が窘《すく》んで、そのまま欄干に凭懸《よりかか》ると、一小間抜けたのが、おもしに打たれて、ぐらぐらと震動に及ぶ。
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