がっしりと、立派なお堂を据えて戸をあけたてしますだね、その中へこの……」
お米は着流しのお太鼓で、まことに優に立っている。
「おお、成仏をさっしゃるずら、しおらしい、嫁菜の花のお羽織きて、霧は紫の雲のようだ、しなしなとしてや。」
と、苔《こけ》の生えたような手で撫《な》でた。
「ああ、擽《くすぐ》ったい。」
「何でがすい。」
と、何も知らず、久助は墓の羽織を、もう一撫で。
「この石塔を斎《いつ》き込むもくろみだ。その堂がもう出来て、切組みも済ましたで、持込んで寸法をきっちり合わす段が、はい、ここはこの通り足場が悪いと、山門|内《うち》まで運ぶについて、今日さ、この運び手間だよ。肩がわりの念入りで、丸太棒《まるたんぼう》で担《かつ》ぎ出しますに。――丸太棒めら、丸太棒を押立《おった》てて、ごろうじませい、あすこにとぐろを巻いていますだ。あのさきへ矢羽根をつけると、掘立普請の斎《とき》が出るだね。へい、墓場の入口だ、地獄の門番……はて、飛んでもねえ、肉親のご新姐ござらっしゃる。」
と、泥でまぶしそうに、口の端《はた》を拳《こぶし》でおさえて、
「――そのさ、担ぎ出しますに、石の直肌《じかはだ》に縄を掛けるで、藁《わら》なり蓆《むしろ》なりの、花ものの草木を雪囲いにしますだね、あの骨法でなくば悪かんべいと、お客様の前《めえ》だけんど、わし一応はいうたれども、丸太棒めら。あに、はい、墓さ苞入《つといり》に及ぶもんか、手間|障《ざい》だ。また誰も見ていねえで、構いごとねえだ、と吐《こ》いての。
和尚様は今日は留守なり、お納所《なっしょ》、小僧も、総斎《そうどき》に出さしった。まず大事ねえでの。はい、ぐるぐるまきのがんじがらみ、や、このしょで、転がし出した。それさ、その形《かた》でがすよ。わしさ屈腰《かがみごし》で、膝はだかって、面《つら》を突出す。奴等《やつら》三方からかぶさりかかって、棒を突挿そうとしたと思わっせえまし。何と、この鼻の先、奴等の目の前へ、縄目へ浮いて、羽さ弾《はじ》いて、赤蜻蛉が二つ出た。
たった今や、それまでというものは、四人八ツの、団栗目《どんぐりまなこ》に、糠虫《ぬかむし》一疋入らなんだに、かけた縄さ下から潜《くぐ》って石から湧《わ》いて出たはどうしたもんだね。やあやあ、しっしっ、吹くやら、払いますやら、静《じっ》として赤蜻蛉が動かねえとなると、はい、時代違いで、何の気もねえ若い徒《てやい》も、さてこの働きに掛《かか》ってみれば、記念碑糸塚の因縁さ、よく聞いて知ってるもんだで。
ほれ、のろのろとこっちさ寄って来るだ。あの、さきへ立って、丸太棒をついた、その手拭《てぬぐい》をだらりと首へかけた、逞《たくまし》い男でがす。奴が、女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]の幽霊でねえか。出たッと、また髯《ひげ》どのが叫ぶと、蜻蛉がひらりと動くと、かっと二つ、灸《きゅう》のような炎が立つ。冷い火を汗に浴びると、うら山おろしの風さ真黒《まっくろ》に、どっと来た、煙の中を、目が眩《くら》んで遁《に》げたでござえますでの。………
それでがすもの、ご新姐、お客様。」
「それじゃ、私たち差出た事は、叱言《こごと》なしに済むんだね。」
「ほってもねえ、いい人扶《ひとだす》けして下せえましたよ。時に、はい、和尚様帰って、逢わっせえても、万々沙汰なしに頼みますだ。」
そこへ、丸太棒が、のっそり来た。
「おじい、もういいか、大丈夫かよ。」
「うむ、見せえ、大智識さ五十年の香染《こうぞめ》の袈裟《けさ》より利益があっての、その、嫁菜の縮緬《ちりめん》の裡《なか》で、幽霊はもう消滅だ。」
「幽霊も大袈裟だがよ、悪く、蜻蛉に祟《たた》られると、瘧《おこり》を病むというから可恐《おっかね》えです。縄をかけたら、また祟って出やしねえかな。」
と不精髯の布子が、ぶつぶついった。
「そういう口で、何で包むもの持って来ねえ。糸塚さ、女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]様、素《す》で括《くく》ったお祟りだ、これ、敷松葉の数寄屋《すきや》の庭の牡丹に雪囲いをすると思えさ。」
「よし、おれが行く。」
と、冬の麦稈帽《むぎわらぼう》が出ようとする。
「ああ、ちょっと。」
袖を開いて、お米が留めて、
「そのまま、その上からお結《いわ》えなさいな。」
不精髯が――どこか昔の提灯屋に似ていたが、
「このままでかね、勿体《もってい》至極もねえ。」
「かまいませんわ。」
「構わねえたって、これ、縛るとなると。」
「うつくしいお方が、見てる前で、むざとなあ。」
麦藁《むぎわら》と、不精髯が目を見合って、半ば呟《つぶや》くがごとくにいう。
「いいんですよ、構いませんから。」
この時、丸太棒が鉄のように見え
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