逢っては、きっとおなじはからいをするに疑いない。そのかわり、娘と違い、落着いたもので、澄まして羽織を脱ぎ、背負揚《しょいあげ》を棄て、悠然と帯を巌《いわお》に解いて、あらわな長襦袢《ながじゅばん》ばかりになって、小袖ぐるみ墓に着せたに違いない。
何、夏なら、炎天なら何とする?……と。そういう皮肉な読者《おかた》には弱る、が、言わねば卑怯《ひきょう》らしい、裸体《はだか》になります、しからずんば、辻町が裸体にされよう。
――その墓へはまず詣でた――
引返《ひっかえ》して来たのであった。
辻町の何よりも早くここでしよう心は、立処《たちどころ》に縄を切って棄てる事であった。瞬時といえども、人目に曝《さら》すに忍びない。行《や》るとなれば手伝おう、お米の手を借りて解きほどきなどするのにも、二人の目さえ当てかねる。
さしあたり、ことわりもしないで、他の労業を無にするという遠慮だが、その申訳と、渠等《かれら》を納得させる手段は、酒と餅で、そんなに煩わしい事はない。手で招いても渋面の皺《しわ》は伸びよう。また厨裡《くり》で心太《ところてん》を突くような跳梁権《ちょうりょうけん》を獲得していた、檀越《だんおつ》夫人の嫡女《ちゃくじょ》がここに居るのである。
栗柿を剥《む》く、庖丁、小刀、そんなものを借りるのに手間ひまはかからない。
大剪刀《おおばさみ》が、あたかも蝙蝠《こうもり》の骨のように飛んでいた。
取って構えて、ちと勝手は悪い。が、縄目は見る目に忍びないから、衣《きぬ》を掛けたこのまま、留南奇《とめき》を燻《た》く、絵で見た伏籠《ふせご》を念じながら、もろ手を、ずかと袖裏へ。驚破《すわ》、ほんのりと、暖い。芬《ぶん》と薫った、石の肌の軟《やわら》かさ。
思わず、
「あ。」
と声を立てたのであった。
「――おばけの蜻蛉、おじさん。」
「――何そんなものの居よう筈はない。」
胸傍《むなわき》の小さな痣《あざ》、この青い蘚《こけ》、そのお米の乳のあたりへ鋏《はさみ》が響きそうだったからである。辻町は一礼し、墓に向って、屹《きっ》といった。
「お嬢さん、私の仕業が悪かったら、手を、怪我をおさせなさい。」
鋏は爽《さわやか》な音を立てた、ちちろも声せず、松風を切ったのである。
「やあ、塗師屋《ぬしや》様、――ご新姐《しんぞ》。」
木戸から、寺男の皺面《しわづ
前へ
次へ
全31ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング