織《あわせばおり》。ここらは甲斐絹裏《かいきうら》を正札附、ずらりと並べて、正面左右の棚には袖裏《そでうら》の細《ほっそ》り赤く見えるのから、浅葱《あさぎ》の附紐《つけひも》の着いたのまで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷《まげ》に結った、顔の四角な、肩の肥《ふと》った、きかぬ気らしい上《かみ》さんの、黒天鵝絨《くろびろうど》の襟巻したのが、同じ色の腕までの手袋を嵌《は》めた手に、細い銀煙管《ぎんぎせる》を持ちながら、店《たな》が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心《まるじん》に翳《かざ》していて、行交う人の風采《ふうつき》を、時々、水牛縁《すいぎゅうぶち》の眼鏡の上からじろりと視《なが》めるのが、意味ありそうで、この連中には小母御《おばご》に見えて――
 湯帰《ゆあが》りに蕎麦《そば》で極《き》めたが、この節|当《あて》もなし、と自分の身体《からだ》を突掛《つっか》けものにして、そそって通る、横町の酒屋の御用聞《ごようきき》らしいのなぞは、相撲の取的《とりてき》が仕切ったという逃尻《にげじり》の、及腰《およびごし》で、件《くだん》の赤大名の襟を恐る恐る引張りながら、
「阿母《おふくろ》
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