りと乗せたのを、その俯目《ふしめ》に、ト狙《ねら》いながら、件《くだん》の吹矢筒で、フッ。
カタリといって、発奮《はずみ》もなく引《ひっ》くりかえって、軽く転がる。その次のをフッ、カタリと飜《かえ》る。続いてフッ、カタリと下へ。フッフッ、カタカタカタと毛を吹くばかりの呼吸《いき》づかいに連れて、五つ七つたちどころに、パッパッと石鹸玉《シャボンだま》が消えるように、上手にでんぐり、くるりと落ちる。
落ちると、片端から一ツ一ツ、順々にまた並べて、初手《しょて》からフッと吹いて、カタリといわせる。……同じ事を、絶えず休まずに繰返して、この玩弄物《おもちゃ》を売るのであるが、玉章《ふみ》もなし口上もなしで、ツンとしたように黙っているので。
霧の中に笑《わらい》の虹《にじ》が、溌《ぱっ》と渡った時も、独り莞爾《にっこり》ともせず、傍目《わきめ》も触《ふ》らず、同じようにフッと吹く。
カタリと転がる。
「大福、大福、大福かい。」
とちと粘って訛《なまり》のある、ギリギリと勘走った高い声で、亀裂《ひび》を入《い》らせるように霧の中をちょこちょこ走りで、玩弄物屋の婦《おんな》の背後《うしろ》へ、ぬっと、鼠の中折《なかおれ》を目深《まぶか》に、領首《えりくび》を覗《のぞ》いて、橙色《だいだいいろ》の背広を着、小造りなのが立ったと思うと、
「大福餅、暖《あったか》い!」
また疳走《かんばし》った声の下、ちょいと蹲《しゃが》む、と疾《はや》い事、筒服《ずぼん》の膝をとんと揃えて、横から当って、婦《おんな》の前垂《まえだれ》に附着《くッつ》くや否や、両方の衣兜《かくし》へ両手を突込《つっこ》んで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下の髯《ひげ》とともに、砂除《すなよ》けの素通し、ちょんぼりした可愛い目をくるりと遣《や》ったが、ひょんな顔。
……というものは、その、
「……暖《あったか》い!……」を機会《きっかけ》に、行火《あんか》の箱火鉢の蒲団《ふとん》の下へ、潜込《もぐりこ》ましたと早合点《はやがってん》の膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、灯《ともしび》に照れたからである。
橙背広のこの紳士は、通り掛《がか》りの一杯機嫌の素見客《ぞめき》でも何でもない。冷かし数の子の数には漏れず、格子から降るという長い煙草《きせる》に縁のある
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