りのコンを鳴く。狸はあやふやに、モウと唸《うな》って、膝にのせた、腹鼓。
囃子に合わせて、猫が三疋、踊る、踊る、いや踊る事わ。
青い行燈とその前に突伏《つっぷ》した、雪女の島田のまわりを、ぐるりぐるりと廻るうちに、三ツ目入道も、ぬいと立って、のしのしと踊出す。
続いて囃方《はやしかた》惣踊《そうおど》り。フト合方が、がらりと替って、楽屋で三味線《さみせん》の音《ね》を入れた。
――必ずこの事、この事必ず、丹波の太郎に沙汰するな、この事、必ず、丹波の太郎に沙汰するな――
と揃って、異口同音《くちぐち》に呼ばわりながら、水車《みずぐるま》を舞込むごとく、次第びきに、ぐるぐるぐる。……幕へ衝《つ》と消える時は、何ものか居て、操りの糸を引手繰《ひったぐ》るように颯《さっ》と隠れた。
筵舞台に残ったのは、青行燈《あおあんどん》と雪女。
悄《しお》れて、一人、ただうなだれているのであった。
上なる黒い布は、ひらひらと重くなった……空は化物どもが惣踊りに踊る頃から、次第に黒くなったのである。
美しい女《ひと》は、はずして、膝の上に手首に掛けた、薄色のショオルを取って、撫肩の頸《うなじ》に掛けて身繕い。
此方《こなた》に松崎ももう立とうとした。
青月代が、ひょいと覗《のぞ》いた。幕の隙間へ頤《あご》を乗せて、
「誰か、おい、前掛《まえかけ》を貸してくんな、」と見物を左右に呼んだ。
「前掛を貸しておくれよ、……よう、誰でも。」
美しい女《ひと》から、七八人|小児《こども》を離れて、二人並んでいた子守の娘が、これを聞くと真先《まっさき》にあとじさりをした。言訳だけも赤い紐の前掛をしていたのは、その二人ぐらいなもので、……他は皆、横撫での袖とくいこぼしの膝、光るのはただ垢《あか》ばかり。
傍《かたわら》から、また饂飩屋が出て舞台へ立った。
「これから女形《おんながた》が演処《しどころ》なんだぜ。居所がわりになるんだけれど、今度は亡者じゃねえよ、活《い》きてる娘の役だもの。裸では不可《いけね》えや、前垂《まえだれ》を貸しとくれよ。誰か、」
「後生《ごしょう》だってば、」
と青月代も口を添える。
子守の娘はまた退《しさ》った。
幼い達は妙にてれて、舞台の前で、土をいじッて俯向《うつむ》いたのもあるし、ちょろちょろ町の方へ立つのもあった。
「吝《しみた》れだなあ。」
饂飩屋がチョッ、舌打する。
「貸してくれってんだぜ、……きっと返すッてえに。……可哀相《かわいそう》じゃないか、雪女になったなりで裸で居ら。この、お稲さんに着せるんだよ。」
と青月代も前へ出て、雪女の背筋のあたりを冷たそうに、ひたりと叩いた……
「前掛でなくては。不可《いけな》いの?」
美しい人はすッと立った。
紳士は仰向《あおむ》いて、妙な顔色《かおつき》。
松崎の、うっかり帰られなくなったのは言うまでもなかろう。
十五
「兄さん、他《ほか》のものじゃ間に合わない?」
あきれ顔な舞台の二人に、美しい女《ひと》は親しげにそう云った。
「他の物って、」と青月代は、ちょんぼり眉で目をぱちくる。
「羽織では。」
美しい女《ひと》は華奢《きゃしゃ》な手を衣紋《えもん》に当てた。
「羽織なら、ねえ、おい。」
「ああ、そんな旨《うめ》え事はねえんだけれど、前掛でさえ、しみったれているんだもの、貸すもんか。それだしね、羽織なんて誰も持ってやしませんぜ。」
と饂飩屋は吐出すように云う。成程、羽織を着たものは、ものの欠片《かけら》も見えぬ。
「可《よ》ければ、私のを貸してあげるよ。」
美しい女《ひと》は、言《ことば》の下に羽織を脱いだ、手のしないは、白魚が柳を潜《くぐ》って、裏は篝火《かがりび》がちらめいた、雁《かり》がねむすびの紋と見た。
「品子《しなこ》さん、」
紳士は留めようとして、ずッと立つ。
「可《い》いのよ、貴方《あなた》。」
と見返りもしないで、
「帯がないじゃないか、さあ、これが可いわ。」と一所に肩を辷《すべ》った、その白と、薄紫と、山が霞んだような派手な羅《うすもの》のショオルを落してやる……
雪女は、早く心得て、ふわりとその羽織を着た、黒縮緬《くろちりめん》の紋着《もんつき》に緋《ひ》を襲《かさ》ねて、霞を腰に、前へすらりと結んだ姿は、あたかも可《よ》し、小児《こども》の丈に裾《すそ》を曳《ひ》いて、振袖長く、影も三尺、左右に水が垂れるばかり、その不思議な媚《なまめか》しさは、貸小袖に魂が入って立ったとも見えるし、行燈の灯《ともし》を覆《おお》うた裲襠《かけ》の袂《たもと》に、蝴蝶《ちょうちょう》が宿って、夢が※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよう》とも
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