矢の倉の邸《やしき》の庭で、凧《たこ》を揚げて遊んで居た。
些《ち》と寒いほどの西風で、凧に向つた遙か品川の海の方から、ひら/\と紅《あか》いものが、ぽつちりと見えて、空中を次第に近づく。唯《と》、真逆《まっさかさ》になった[#「なった」はママ]女で、髪がふはりと下に流れて、無慙《むざん》や真白な足を空に、顔は裳《もすそ》で包まれた。ヒイと泣叫《なきさけ》ぶ声が悲しげに響いて、あれ/\と見るうちに、遠く筑波《つくば》の方へ霞《かす》んで了《しま》つた。近習たちも皆見た。丁《ちょう》ど日中《ひるなか》で、然《しか》も空は晴れて居た。――膚《はだ》も衣《きぬ》もうつくしく蓑虫《みのむし》がぶらりと雲から下《さが》つたやうな女ばかりで、他《た》に何も見えなかつた。が、天狗《てんぐ》が掴《つか》んだものに相違ない、と云ふのである。
けれども、こゝなる両個《ふたつ》の魔は、武士《さむらい》も屑屋《くずや》も逆《さかさま》に釣《つ》つたのではないらしい。
五
「ふむ、……其処《そこ》で肝要な、江戸城の趣《おもむき》は如何《いかが》であつたな。」
「いや以ての外《ほか》の騒動
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