湖《うみ》に墜《お》ちて、溺《おぼ》れたのではないかと思うた。」
「はゝ。」
 と事もなげに笑つて、
「いや、些《ち》と身に汚《けが》れがあつて、不精《ぶしょう》に、猫の面洗《つらあら》ひと遣《や》つた。チヨイ/\とな。はゝゝゝ明朝《あした》は天気だ。まあ休め。」
 と法衣《ころも》の袖《そで》を通して言ふ。……吐《は》く呼吸《いき》の、ふか/\と灰色なのが、人間のやうには消えないで、両個《ふたつ》とも、其のまゝからまつて、ぱつと飛んで、湖の面《おもて》に、名の知れぬ鳥が乱れ立つ。
 羽黒の小法師《こほうし》、秋葉の行者《ぎょうじゃ》、二個は疑《うたがい》もなく、魔界の一党、狗賓《ぐひん》の類属。東海、奥州、ともに名代《なだい》の天狗《てんぐ》であつた。

        三

「成程《なるほど》、成程、……御坊《ごぼう》の方は武士《さむらい》であつた。」
 行者が、どたりと手から放すと、草にのめつた狂人を見て、――小法師が言つたのである。
「然《さ》れば、此ぢや。……浜松の本陣から引攫《ひきさろ》うて持つて参つて、約束通り、京極、比野大納言殿の御館《おんやかた》へ、然《しか》も、念入
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