《ばし》をスクと立てたまゝなのであつた。
「やあ、小法師《こほうし》、小法師。」
 もの幻の霧の中に、あけの明星の光明《こうみょう》が、嶮山《けんざん》の髄《ずい》に浸透《しみとお》つて、横に一幅《ひとはば》水が光り、縦に一筋《ひとすじ》、紫《むらさき》に凝《こ》りつつ真紅《まっか》に燃ゆる、もみぢに添ひたる、三抱余《みかかえあま》り見上げるやうな杉の大木《たいぼく》の、梢《こずえ》近い葉の中から、梟《ふくろう》の叫ぶやうな異様なる声が響くと、
「羽黒《はぐろ》の小法師ではないか。――小法師。」
 と言ふ/\、枝葉《えだは》にざわ/\と風を立てて、然《しか》も、音もなく蘆の中に下立《おりた》つたのは、霧よりも濃い大山伏《おおやまぶし》の形相である。金剛杖《こんごうづえ》を丁《ちょう》と脇挟《わきばさ》んだ、片手に、帯の結目《むすびめ》をみしと取つて、黒紋着《くろもんつき》、袴《はかま》の武士《さむらい》を俯向《うつむ》けに引提《ひきさ》げた。
 武士《ぶし》は、紐《ひも》で引《ひっ》からげて胸へ結んで、大小を背中に背負《しょ》はされて居る。卑俗な譬《たとえ》だけれど、小児《こども》が何
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