、斉《ひと》しく、金剛杖《こんごうづえ》に持添《もちそ》へた鎧櫃《よろいびつ》は、とてもの事に、狸《たぬき》が出て、棺桶《かんおけ》を下げると言ふ、古槐《ふるえんじゅ》の天辺へ掛け置いて、大井《おおい》、天竜、琵琶湖《びわこ》も、瀬多《せた》も、京の空へ一飛《ひととび》ぢや。」
 と又がぶりと水を飲んだ。
「時に、……時にお行者《ぎょうじゃ》。矢を貫《つらぬ》いた都鳥は何とした。」
「それぢや。……桜の枝に掛《かか》つて、射貫《いぬか》れたとともに、白妙《しろたえ》は胸を痛めて、どつと……息も絶々《たえだえ》の床《とこ》に着いた。」
「南無三宝《なむさんぼう》。」
「あはれと思《おぼ》し、峰、山、嶽《たけ》の、姫たち、貴夫人たち、届かぬまでもとて、目下《もっか》御介抱《ごかいほう》遊ばさるる。」
「珍重《ちんちょう》。」
 と小法師《こほうし》が言つた。
「いや、安心は相成《あいな》らぬ。が、かた/″\の御心《ごしん》もじ、御如才《おじょさい》はないかに存ずる。やがて、此の湖上にも白い姿が映るであらう。――水も、夜《よ》も、さて更《ふ》けた。――武士《さむらい》。」
 と呼んで、居直《いなお》つて、
「都鳥もし蘇生《よみがえ》らず、白妙なきものと成らば、大島守を其のまゝに差置《さしお》かぬぞ、と確《しか》と申せ。いや/\待て、必ず誓つて人には洩《もら》すな。――拙道の手に働かせたれば、最早《もは》や汝《そち》は差許《さしゆる》す。小堀伝十郎、確《しか》とせい、伝十郎。」
「はつ。」
 と武士《さむらい》は、魂とともに手を支《つ》いた。こゝに魂と云ふは、両刀の事ではない。

        八

「何と御坊」
 と、少時《しばらく》して山伏《やまぶし》が云つた。
「思ひ懸《が》けず、恁《かか》る処《ところ》で行逢《ゆきお》うた、互《たがい》の便宜《べんぎ》ぢや。双方、彼等《かれら》を取替《とりか》へて、御坊《ごぼう》は羽黒へ帰りついでに、其の武士《さむらい》を釣《つ》つて行く、拙道《せつどう》は一翼《ひとつばさ》、京へ伸《の》して、其の屑屋《くずや》を連れ参つて、大仏前の餅《もち》を食《く》はさうよ――御坊の厚意は無にせまい。」
「よい、よい、名案。」
「参れ。……屑屋。」
 と山の襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》を霧の包むやうに枯蘆《かれ
前へ 次へ
全26ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング