いでたち》で、拝見ものの博士を伴ひ、弓矢を日置流《へぎりゅう》に手《た》ばさんで静々《しずしず》と練出《ねりだ》した。飛びも、立ちもすれば射取《いと》られう。こゝに可笑《おかし》な事は、折から上汐《あげしお》満々たる……」蘆の湖は波一|条《じょう》、銀河を流す気勢《けはい》がした。
「かの隅田川に、唯《ただ》一羽なる都鳥があつて、雪なす翼は、朱鷺色《ときいろ》の影を水脚《みずあし》に引いて、すら/\と大島守の輝いて立つ袖《そで》の影に入《い》るばかり、水岸《みずぎし》へ寄つて来た。」
「はて、それはな?」
「誰も知るまい。――大島守の邸《やしき》に、今年二十になる(白妙《しろたえ》。)と言つて、白拍子《しらびょうし》の舞《まい》の手《て》だれの腰元が一人あるわ――一年《ひととせ》……資治卿を饗応の時、酒宴《うたげ》の興に、此の女が一《ひと》さし舞つた。――ぢやが、新曲とあつて、其の今様《いまよう》は、大島守の作る処《ところ》ぢや。」
「迷惑々々。」
「中に(時鳥《ほととぎす》)何とかと言ふ一句がある。――白妙が(時鳥)とうたひながら、扇をかざして膝《ひざ》をついた。時しも屋《や》の棟《むね》に、時鳥が一《いっ》せいしたのぢや。大島守の得意、察するに余《あまり》ある。……ところが、時鳥は勝手に飛んだので、……こゝを聞け、御坊《ごぼう》よ。
白妙は、資治卿の姿に、恍惚《うっとり》と成つたのぢや。
大島守は、折に触れ、資治卿の噂《うわさ》をして、……その千人の女に契《ちぎ》ると言ふ好色をしたゝかに詈《ののし》ると、……二人三人の妾《めかけ》妾《てかけ》、……故《わざ》とか知らぬ、横肥《よこぶと》りに肥つた乳母《うば》まで、此れを聞いて爪《つま》はじき、身ぶるひをする中《うち》に、白妙|唯《ただ》一人、(でも。)とか申して、内々《ないない》思ひをほのめかす、大島守は勝手が違ふ上に、おのれ容色《きりょう》自慢だけに、いまだ無理口説《むりくどき》をせずに居《お》る。
其の白妙が、めされて都に上《のぼ》ると言ふ、都鳥の白粉《おしろい》の胸に、ふつくりと心魂《こころだましい》を籠《こ》めて、肩も身も翼に入れて憧憬《あこが》れる……其の都鳥ぢや。何と、遁《に》げる処《どころ》ではあるまい。――しかし、人間には此は解らぬ。」
「むゝ、聞えた。」
「都鳥は手とらまへぢや。蔵人《くら
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