一帆がその住居《すまい》へ志すには、上野へ乗って、須田町あたりで乗換えなければならなかったに、つい本町の角をあれなり曲って、浅草橋へ出ても、まだうかうか。
 もっとも、わざととはなしに、一帳場《ひとちょうば》ごとに気を注《つ》けたが、女の下りた様子はない。
 で、そこまで行《ゆ》くと、途中は厩橋《うまやばし》、蔵前《くらまえ》でも、駒形《こまがた》でも下りないで、きっと雷門まで、一緒に行《ゆ》くように信じられた。
 何だろう、髪のかかりが芸者でない。が、爪《つま》はずれが堅気《かたぎ》と見えぬ。――何だろう。
 とそんな事。……中に人の数を夾《はさ》んだばかり、つい同じ車に居るものを、一年《ひととせ》、半年、立続けに、こんがらかった苦労でもした中のように種々《いろいろ》な事を思う。また雲が濃く、大空に乱れ流れて、硝子窓《がらすまど》の薄暗くなって来たのさえ、確《しか》とは心着かぬ。
 が、蔵前を通る、あの名代《なだい》の大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまで凄《すさま》じく暗くなった。
 頸許《えりもと》がふと気になると、尾を曳《ひ》いて、
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