か》り、いいえ、それには。」
「まあ、好きにおさせなさいまし。」
 と壁の隅へ、自分の傍《わき》へ、小膝《こひざ》を浮かして、さらりと遣《や》って、片手で手巾《ハンケチ》を捌《さば》きながら、
「ほんとうにちと暖か過ぎますわね。」
「私は、逆上《のぼせ》るからなお堪《たま》りません。」
「陽気のせいですね。」
「いや、お前さんのためさ。」
「そんな事をおっしゃると、もっと傍《そば》へ。」
 と火鉢をぐい、と圧《お》して来て、
「そのかわり働いて、ちっと開けて差上げましょう。」
 と弱々と斜《ななめ》にひねった、着流しの帯のお太鼓の結目《むすびめ》より低い処に、ちょうど、背後《うしろ》の壁を仕切って、細い潜《くぐ》り窓の障子がある。
 カタリ、と引くと、直ぐに囲いの庭で、敷松葉を払ったあとらしい、蕗《ふき》の葉が芽《めぐ》んだように、飛石が五六枚。
 柳の枝折戸《しおりど》、四ツ目垣。
 トその垣根へ乗越して、今フト差覗《さしのぞ》いた女の鼻筋の通った横顔を斜違《はすっか》いに、月影に映す梅の楚《ずわえ》のごとく、大《おおい》なる船の舳《へさき》がぬっと見える。
「まあ、可《い》いこと!
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