《さっき》来がけとは勢《いきおい》が、からりとかわって、中折《なかおれ》の鍔《つば》も深く、面《おもて》を伏せて、そこを伝う風も、我ながら辿々《たどたど》しかった。
 トあの大提灯を、釣鐘が目前《めのまえ》へぶら下ったように、ぎょっとして、はっと正面へ魅《つま》まれた顔を上げると、右の横手の、広前《ひろまえ》の、片隅に綺麗に取って、時ならぬ錦木《にしきぎ》が一本《ひともと》、そこへ植わった風情に、四辺《あたり》に人もなく一人立って、傘《からかさ》を半開き、真白《まっしろ》な横顔を見せて、生際《はえぎわ》を濃く、美しく目迎えて莞爾《にっこり》した。
「沢山《たんと》、待たせてさ。」と馴々《なれなれ》しく云うのが、遅くなった意味には取れず、逆《さかさま》に怨《うら》んで聞える。
 言葉戦い合《かな》うまじ、と大手を拡げてむずと寄って、
「どこにしましょう。」
「どちらへでも、貴下《あなた》のお宜《よろ》しい処が可《よ》うござんす。」
「じゃ、行く処へいらっしゃい。」
「どうぞ。」
 ともう、相合傘の支度らしい、片袖を胸に当てる、柄よりも姿が細《ほっそ》りする。
 丈がすらりと高島田で、並ぶ
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