、すうと出た。
 本堂へ詣《まい》ったのが、一廻りして、一帆の前に顕《あら》われたのである。
 すぼめた蛇目傘《じゃのめ》に手を隠して、
「お待ちなすって?」
 また、ほんのりと花の薫《かおり》。
「何、ちっとも。……ゆっくりお参詣《まいり》をなされば可《い》い。」
「貴下《あなた》こそ、前《さき》へいらしってお待ち下されば可《よ》うござんすのに、出張《でっぱ》りにいらしって、沫《しぶき》が冷《つめた》いではありませんか。」
 さっさと先へ行《ゆ》けではない。待ってくれれば、と云う、その待つのはどこか、約束も何もしないが、もうこうなっては、度胸が据《すわ》って、
「だって雨を潜《くぐ》って、一人でびしょびしょ歩行《ある》けますか。」
「でも、その方がお好《すき》な癖に……」
 と云って、肩でわざとらしくない嬌態《しな》をしながら、片手でちょいと帯を圧《おさ》えた。ぱちん留《どめ》が少し摺《ず》って、……薄いが膨《ふっく》りとある胸を、緋鹿子《ひがのこ》の下〆《したじめ》が、八ツ口から溢《こぼ》れたように打合わせの繻子《しゅす》を覗《のぞ》く。
 その間に、きりりと挟んだ、煙管筒《きせる
前へ 次へ
全29ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング