ら》に捧げて出て、そのまま、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》の障子を開けた。開ける、と中庭一面の池で、また思懸けず、船が一|舳《そう》、隅田に浮いた鯨のごとく、池の中を切劃《しき》って浮く。
空は晴れて、霞《かすみ》が渡って、黄金のような半輪の月が、薄《うっす》りと、淡い紫の羅《うすもの》の樹立《こだち》の影を、星を鏤《ちりば》めた大松明《おおたいまつ》のごとく、電燈とともに水に投げて、風の余波《なごり》は敷妙《しきたえ》の銀の波。
ト瞻《みつ》めながら、
「は、」と声が懸《かか》る、袖を絞って、袂《たもと》を肩へ、脇明《わきあけ》白き花|一片《ひとひら》、手を辷《すべ》ったか、と思うと、非《あら》ず、緑の蔓《つる》に葉を開いて、はらりと船へ投げたのである。
ただ一攫《ひとつま》みなりけるが、船の中に落つると斉《ひと》しく、礫《つぶて》打った水の輪のように舞って、花は、鶴の羽《は》のごとく舳《へさき》にまで咲きこぼれる。
その時きりりと、銀の無地の扇子を開いて、かざした袖の手のしないに、ひらひらと池を招く、と澄透《すみとお》る水に映って、ちらちらと揺《ゆら》めいたが、波を浮いたか、霞を落ちたか、その大《おおき》さ、やがて扇ばかりな真白《まっしろ》な一羽の胡蝶《こちょう》、ふわふわと船の上に顕《あら》われて、つかず、離れず、豌豆《えんどう》の花に舞う。
やがて蝶が番《つがい》になった。
内は寂然《ひっそり》とした。
芸者の姿は枝折戸《しおりど》を伸上った。池を取廻《とりま》わした廊下には、欄干越《てすりごし》に、燈籠《とうろう》の数ほど、ずらりと並ぶ、女中の半身。
蝶は三ツになった。影を沈めて六ツの花、巴《ともえ》に乱れ、卍《まんじ》と飛交う。
時にそよがした扇子を留めて、池を背後《うしろ》に肱掛窓《ひじかけまど》に、疲れたように腰を懸ける、と同じ処に、肱《ひじ》をついて、呆気《あっけ》に取られた一帆と、フト顔を合せて、恥じたる色して、扇子をそのまま、横に背《そむ》いて、胸越しに半面を蔽《おお》うて差俯向《さしうつむ》く時、すらりと投げた裳《もすそ》を引いて、足袋の爪先を柔かに、こぼれた褄《つま》を寄せたのである。
フト現《うつつ》から覚めた時、女の姿は早やなかった。
女中に聞くと、
「お車で、たった今……」
[#地
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