んな》の泣声《なきごゑ》、不開室の内に聞えて、不祥《ふしやう》ある時は、さも心地好《こゝちよ》げに笑ひしとかや。
旗野に一人《いちにん》の妾《せふ》あり。名を村《むら》といひて寵愛|限無《かぎりな》かりき。一年《あるとし》夏の半《なかば》、驟雨後《ゆふだちあと》の月影|冴《さや》かに照《てら》して、北向《きたむき》の庭なる竹藪に名残《なごり》の雫《しづく》、白玉《しらたま》のそよ吹く風に溢《こぼ》るゝ風情《ふぜい》、またあるまじき観《ながめ》なりければ、旗野は村に酌を取らして、夜更《よふく》るを覚えざりき。
お村も少《すこ》しくなる[#「なる」に傍点]口なるに、其夜《そのよ》は心|爽《さわや》ぎ、興《きよう》も亦《また》深かりければ、飲過《のみすご》して太《いた》く酔《ゑ》ひぬ。人《ひと》静まりて月の色の物凄《ものすご》くなりける頃、漸《やうや》く盃《さかづき》を納めしが、臥戸《ふしど》に入《い》るに先立ちて、お村は厠《かはや》に上《のぼ》らむとて、腰元に扶《たす》けられて廊下伝ひに彼《かの》不開室の前を過ぎけるが、酔心地の胆《きも》太《ふと》く、ほと/\と板戸を敲《たゝ》き、「こ
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