天井《ちてんじよう》、不開室《あかずのま》、庭の竹藪|是《これ》なり。
事の原由《よし》を尋ぬるに、旗野の先住に、何某《なにがし》とかや謂《い》ひし武士《ものゝふ》のありけるが、過《あや》まてることありて改易となり、邸《やしき》を追はれて国境《くにざかひ》よりぞ放たれし。其《その》室《しつ》は当時|家中《かちう》に聞《きこ》えし美人なりしが、女心《をんなごころ》の思詰《おもひつ》めて一途に家を明渡すが口惜《くちをし》く、我《われ》は永世《えいせい》此処《このところ》に留《とゞ》まりて、外へは出《い》でじと、其《その》居間に閉籠《とぢこも》り、内より鎖《ぢやう》を下《おろ》せし後《のち》は、如何《いかに》かしけむ、影も形も見えずなりき。
其後《そののち》旗野は此家《このや》に住《すま》ひつ。先住の室《しつ》が自ら其身《そのみ》を封じたる一室は、不開室と称《とな》へて、開くことを許さず、はた覗くことをも禁じたりけり。
然《さ》るからに執念の留まれるゆゑにや、常には然《さ》せる怪《くわい》無きも、後住《こうぢう》なる旗野の家に吉事《きつじ》ある毎《ごと》に、啾々《しう/\》たる婦人《を
前へ
次へ
全29ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング