なか》れ、妾《わらは》が此処《こゝ》にあることを」一種異様の語気音調、耳朶《みゝたぶ》にぶんと響き、脳にぐわら/\と浸《し》み渡《わた》れば、眼《まなこ》眩《くら》み、心《こゝろ》消《き》え、気も空《そら》になり足|漾《ただよ》ひ、魂ふら/\と抜出でて藻脱《もぬけ》となりし五尺の殻《から》の縁側まで逃げたるは、一秒を経ざる瞬間なりき。腋下《えきか》に颯《さつ》と冷汗流れて、襦袢《じゆばん》の背《せな》はしとゞ濡れたり。馳《は》せて書斎に引籠《ひきこも》り机に身をば投懸《なげか》けてほつと吐《つ》く息太く長く、多時《しばらく》観念の眼《まなこ》を閉ぢしが、「さても見まじきものを見たり」と声を発《いだ》して呟《つぶや》きける。「忍ぶれど色に出《で》にけり我恋は」と謂ひしは粋《すゐ》なる物思《ものおも》ひ、予はまた野暮なる物思《ものおもひ》に臆病の色|頬《ほ》に出でて蒼《あを》くなりつゝ結《むす》ぼれ返《かへ》るを、物や思ふと松川はじめ通学生等に問はるゝ度《たび》に、口の端《はた》むず/\するまで言出《いひい》だしたさに堪《たへ》ざれども、怪しき婦人が予を戒《いまし》め、人に勿《な》謂《い》
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