おもて》へ飛出《とびい》だせり。其|剣幕《けんまく》に驚きまどひて予も慌《あわ》たゞしく逃出《にげい》だし、只《と》見《み》れば犬は何やらむ口に銜《くは》へて躍り狂ふ、こは怪し口に銜へたるは一尾《いちび》の魚《うを》なり、そも何ぞと見むと欲して近寄れば、獲物《えもの》を奪ふとや思ひけむ、犬は逸散《いつさん》に逃去《にげさ》りぬ。予は茫然《ばうぜん》として立ちたりけるが、想ふに藪の中に住居《すま》へるは、狐か狸か其|類《るゐ》ならむ。渠奴《かやつ》犬の為に劫《おびや》かされ、近鄰《きんりん》より盗来《ぬすみきた》れる午飯《おひる》を奪はれしに極《きは》まりたり、然《さ》らば何ほどのことやある、と爰《こゝ》に勇気を回復して再び藪に侵入せり。
 畳翠《でふすゐ》滋蔓《じまん》繁茂せる、竹と竹との隙間を行くは、篠突《しのつ》く雨の間を潜《くゞ》りて濡れまじとするの難《かた》きに肖《に》たり。進退|頗《すこぶ》る困難なるに、払ふ物無き蜘蛛《くも》の巣は、前途を羅《ら》して煙の如《ごと》し。蛇《くちなは》も閃《きらめ》きぬ、蜥蜴《とかげ》も見えぬ、其他の湿虫《しつちう》群《ぐん》をなして、縦横《じ
前へ 次へ
全29ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング