にん》なりき。
前段|既《すで》に説けるが如く、予が此塾に入りたりしは、学問すべきためにはあらで、いかなる不思議のあらむかを窺見《うかゞひみ》むと思ひしなり。我には許せ。性《せい》として奇怪なる事とし謂へば、見たさ、聞きたさに堪《た》へざれども、固《もと》より頼む腕力ありて、妖怪《えうくわい》を退治せむとにはあらず、胸に蓄《たくは》ふる学識ありて、怪異を研究せむとにもあらず。俗に恐いもの見たさといふ好事心《ものずき》のみなり。
さて松川に入塾して、直《たゞ》ちに不開室《あかずのま》を探検せんとせしが、不開室は密閉したるが上に板戸を釘付《くぎづけ》にしたれば開くこと無し。僅《わづか》に板戸の隙間より内の模様を窺ふに、畳二三十も敷かるべく、柱は参差《しんし》と立《たち》ならべり。日中なれども暗澹《あんたん》として日の光|幽《かすか》に、陰々たる中《うち》に異形《いぎやう》なる雨漏《あまもり》の壁に染みたるが仄見《ほのみ》えて、鬼気人に逼《せま》るの感あり。即《すなは》ち隙見《すきみ》したる眼の無事なるを取柄にして、何等《なんら》の発見せし事なく、踵《きびす》を返して血天井を見る。こゝも
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