と両三日《りやうさんじつ》、早くも我に臣事《しんじ》して、犬は命令を聞くべくなれり。

     四

 水曜日は諸学校に授業あるに関《かゝは》らず、私塾|大抵《たいてい》は休暇なり。予は閑《かん》に乗じ、庭に出《い》でて彼《か》の竹藪に赴けり。然《しか》るに予《かね》てより斥候《せきこう》の用に充《あ》てむため馴《なら》し置《お》きたる犬の此時《このとき》折《をり》よく来《きた》りければ、彼《かれ》を真先に立たしめて予は大胆《だいたん》にも藪に入《い》れり。行《ゆ》くこと未《いま》だ幾干《いくばく》ならず、予に先むじて駈込《かけこ》みたる犬は奥深く進みて見えずなりしが、※[#「口+何」、第4水準2−3−88]呀《あなや》何事《なにごと》の起《おこ》りしぞ、乳虎《にうこ》一声《いつせい》高く吠えて藪中《さうちう》俄《にはか》に物騒《ものさわ》がし、其《その》響《ひゞき》に動揺せる満藪《まんさう》の竹葉《ちくえふ》相触《あひふ》れてざわ/\/\と音《おと》したり。予はひやりとして立停《たちど》まりぬ。稍《やゝ》ありて犬は奥より駈来《かけきた》り、予が立てる前を閃過《せんくわ》して藪の外《おもて》へ飛出《とびい》だせり。其|剣幕《けんまく》に驚きまどひて予も慌《あわ》たゞしく逃出《にげい》だし、只《と》見《み》れば犬は何やらむ口に銜《くは》へて躍り狂ふ、こは怪し口に銜へたるは一尾《いちび》の魚《うを》なり、そも何ぞと見むと欲して近寄れば、獲物《えもの》を奪ふとや思ひけむ、犬は逸散《いつさん》に逃去《にげさ》りぬ。予は茫然《ばうぜん》として立ちたりけるが、想ふに藪の中に住居《すま》へるは、狐か狸か其|類《るゐ》ならむ。渠奴《かやつ》犬の為に劫《おびや》かされ、近鄰《きんりん》より盗来《ぬすみきた》れる午飯《おひる》を奪はれしに極《きは》まりたり、然《さ》らば何ほどのことやある、と爰《こゝ》に勇気を回復して再び藪に侵入せり。
 畳翠《でふすゐ》滋蔓《じまん》繁茂せる、竹と竹との隙間を行くは、篠突《しのつ》く雨の間を潜《くゞ》りて濡れまじとするの難《かた》きに肖《に》たり。進退|頗《すこぶ》る困難なるに、払ふ物無き蜘蛛《くも》の巣は、前途を羅《ら》して煙の如《ごと》し。蛇《くちなは》も閃《きらめ》きぬ、蜥蜴《とかげ》も見えぬ、其他の湿虫《しつちう》群《ぐん》をなして、縦横《じ
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