き》でござらう。」と言《い》ひつゝ空《そら》を打仰《うちあふ》ぎて、
「はゝあ、是《これ》はまた結構《けつこう》なお天氣《てんき》で、日本晴《につぽんばれ》と謂《い》ふのでござる。」
此《こ》の暢氣《のんき》なる答《こたへ》を聞《き》きて、渠《かれ》は呆《あき》れながら、
「そりや、誰《だれ》だつて知《し》つてまさ、私《わつし》は唯《たゞ》急《きふ》に天氣模樣《てんきもやう》が變《かは》つて、風《かぜ》でも吹《ふ》きやしまいかと、其《それ》をお聞《き》き申《まを》すんでさあ。」
「那樣事《そんなこと》は知《し》らぬな。私《わし》は目下《いま》の空模樣《そらもやう》さへお前《まへ》さんに聞《き》かれたので、やつと氣《き》が着《つ》いたくらゐぢやもの。いや又《また》雨《あめ》が降《ふ》らうが、風《かぜ》が吹《ふ》かうが、そりや何《なに》もお天氣次第《てんきしだい》ぢや、此方《こつち》の構《かま》ふこツちや無《な》いてな。」
「飛《と》んだ事《こと》を。風《かぜ》が吹《ふ》いて耐《たま》るもんか。船《ふね》だ、もし、私等《わつしら》御同樣《ごどうやう》に船《ふね》に乘《の》つて居《ゐ》るんですぜ。」
と渠《かれ》は良《やゝ》怒《いかり》を帶《お》びて聲高《こわだか》になりぬ。旅僧《たびそう》は少《すこ》しも騷《さわ》がず、
「成程《なるほど》、船《ふね》に居《ゐ》て暴風雨《あれ》に逢《あ》へば、船《ふね》が覆《かへ》るとでも謂《い》ふ事《こと》かの。」
「知《し》れたこツたわ。馬鹿々々《ばか/\》しい。」
渠《かれ》の次第《しだい》に急込《せきこ》むほど、旅僧《たびそう》は益《ますま》す落着《おちつ》きぬ。
「して又《また》、船《ふね》が覆《かへ》れば生命《いのち》を落《おと》さうかと云《い》ふ、其《そ》の心配《しんぱい》かな。いや詰《つま》らぬ心配《しんぱい》ぢや。お前《まへ》さんは何《なに》か(人相見《にんさうみ》)に、水難《すゐなん》の相《さう》があるとでも言《い》はれたことがありますかい。まづ/\聞《き》きなさい。さも無《な》ければ那樣《そんな》ことを恐《こは》がると云《い》ふ理窟《りくつ》がないて。一體《いつたい》お前《まへ》さんに限《かぎ》らず、乘合《のりあひ》の方々《かた/″\》も又《また》然《さ》うぢや、初手《しよて》から然《さ》ほど生命《いのち》が危險《けんのん》だと思《おも》ツたら、船《ふね》なんぞに乘《の》らぬが可《い》いて。また生命《いのち》を介《かま》はずに乘《の》ツた衆《しう》なら、風《かぜ》が吹《ふ》かうが、船《ふね》が覆《かへ》らうが、那樣事《そんなこと》に頓着《とんぢやく》は無《な》い筈《はず》ぢやが、恁《か》う見渡《みわた》した處《ところ》では、誰方《どなた》も怯氣々々《びく/\》もので居《ゐ》らるゝ樣子《やうす》ぢやが、さて/\笑止千萬《せうしせんばん》な、水《みづ》に溺《おぼ》れやせぬかと、心配《しんぱい》する樣《やう》な者《もの》は、何《ど》の道《みち》はや平生《へいぜい》から、後生《ごしやう》の善《い》い人《ひと》ではあるまい。
先《ま》づ人《ひと》に天氣《てんき》を問《と》はうより、自分《じぶん》の胸《むね》に聞《き》いて見《み》るぢやて。
(己《おのれ》は難船《なんせん》に會《あ》ふやうなものか、何《ど》うぢや。)と、其處《そこ》で胸《むね》が、(お前《まへ》は隨分《ずゐぶん》罪《つみ》を造《つく》つて居《ゐ》るから何《ど》うだか知《し》れぬ。)と恁《か》う答《こた》へられた日《ひ》にや、覺悟《かくご》もせずばなるまい。もし(否《いゝや》、惡《わる》い事《こと》をした覺《おぼえ》もないから、那樣《そんな》氣遣《きづかひ》は些《ちつ》とも無《な》い。)と恁《か》うありや、何《なん》の雨風《あめかぜ》ござらばござれぢや。喃《なあ》、那樣《そんな》ものではあるまいか。
して見《み》るとお前《まへ》さん方《がた》のおど/\するのは、心《こゝろ》に覺束《おぼつか》ない處《ところ》があるからで、罪《つみ》を造《つく》つた者《もの》と見《み》える。懺悔《ざんげ》さつしやい、發心《ほつしん》して坊主《ばうず》にでもならつしやい。(一人坊主《ひとりばうず》)だと言《い》うて騷《さわ》いでござるから丁度《ちやうど》可《い》い、誰《だれ》か私《わし》の弟子《でし》になりなさらんか、而《さう》して二三|人《にん》坊主《ぼうず》が出來《でき》りや、もう(一人坊主《ひとりばうず》)ではなくなるから、頓《とん》と氣《き》が濟《す》んで可《よ》くござらう。」
斯《か》く言《い》ひつゝ法華僧《ほつけそう》は哄然《こうぜん》と大笑《たいせう》して、其《その》まゝ其處《そこ》に肱枕《ひぢまくら》して、乘客等《の
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