かいやりし夜のものあらはになりて、すずしの絹をすきて見ゆるその膚《はだ》にまとひたまひし紅《くれない》の色なりける。いまはわれにもあらで声高《こわだか》に、母上、母上と呼びたれど、叫びたれど、ゆり動かし、おしうごかししたりしが、効《かい》なくてなむ、ひた泣きに泣く泣くいつのまにか寝たりと覚《おぼ》し。顔あたたかに胸をおさるる心地《ここち》に眼覚めぬ。空青く晴れて日影まばゆく、木も草もてらてらと暑きほどなり。
 われはハヤゆうべ見し顔のあかき老夫《おじ》の背《せな》に負はれて、とある山路《やまじ》を行《ゆ》くなりけり。うしろよりは彼《か》のうつくしき人したがひ来ましぬ。
 さてはあつらへたまひし如く家に送りたまふならむと推《おし》はかるのみ、わが胸の中《うち》はすべて見すかすばかり知りたまふやうなれば、わかれの惜《お》しきも、ことのいぶかしきも、取出《とりい》でていはむは益《やく》なし。教ふべきことならむには、彼方《かなた》より先んじてうちいでこそしたまふべけれ。
 家に帰るべきわが運《うん》ならば、強ひて止《とど》まらむと乞《こ》ひたりとて何かせん、さるべきいはれあればこそ、と大人《お
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