おそかりき。
いかなればわれ姉上をまで怪《あやし》みたる。
悔《く》ゆれど及ばず、かなたなる境内《けいだい》の鳥居のあたりまで追ひかけたれど、早やその姿は見えざりき。
涙ぐみて彳《たたず》む時、ふと見る銀杏《いちよう》の木のくらき夜の空に、大《おおい》なる円《まる》き影して茂れる下に、女の後姿《うしろすがた》ありてわが眼《まなこ》を遮《さえぎ》りたり。
あまりよく似たれば、姉上と呼ばむとせしが、よしなきものに声かけて、なまじひにわが此処《ここ》にあるを知られむは、拙《つたな》きわざなればと思ひてやみぬ。
とばかりありて、その姿またかくれ去りつ。見えずなればなほなつかしく、たとへ恐しきものなればとて、かりにもわが優《やさ》しき姉上の姿に化《け》したる上は、われを捕へてむごからむや。さきなるはさもなくて、いま幻に見えたるがまことその人なりけむもわかざるを、何とて言《ことば》はかけざりしと、打泣《うちな》きしが、かひもあらず。
あはれさまざまのものの怪《あや》しきは、すべてわが眼《まなこ》のいかにかせし作用なるべし、さらずば涙にくもりしや、術《すべ》こそありけれ、かなたなる御手洗
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