に目を塞《ふさ》ぐ。その目を開ける時、もし、あの丈《たけ》の伸びた菜種《なたね》の花が断崕《がけ》の巌越《いわごし》に、ばらばら見えんでは、到底《とても》この世の事とは思われなかったろうと考えます。
十里四方には人らしい者もないように、船を纜《もや》った大木の松の幹に立札《たてふだ》して、渡船銭《わたしせん》三文とある。
話は前後《あとさき》になりました。
そこで小児《こども》は、鈴見《すずみ》の橋に彳《たたず》んで、前方《むこう》を見ると、正面の中空《なかぞら》へ、仏の掌《てのひら》を開いたように、五本の指の並んだ形、矗々《すくすく》立ったのが戸室《とむろ》の石山《いしやま》。靄《もや》か、霧か、後《うしろ》を包んで、年に二、三度|好《よ》く晴れた時でないと、蒼《あお》く顕《あらわ》れて見えないのが、即《すなわ》ちこの医王山です。
其処《そこ》にこの山があるくらいは、予《かね》て聞いて、小児心《こどもごころ》にも方角を知っていた。そして迷子《まいご》になったか、魔に捉《と》られたか、知れもしないのに、稚《ちいさ》な者は、暢気《のんき》じゃありませんか。
それが既に気が変にな
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