を騒がす事さえせず、慎《つつし》んで後《あと》に続き、
「久しい以前です。一体誰でも昔の事は、遠く隔《へだた》ったように思うのですから、事柄と一所《いっしょ》に路までも遙《はるか》に考えるのかも知れません。そうして先ず皆《みんな》夢ですよ。
けれども不残《のこらず》事実で。
私が以前美女ヶ原で、薬草を採ったのは、もう二十年、十年が一昔《ひとむかし》、ざっと二昔《ふたむかし》も前になるです、九歳《ここのつ》の年の夏。」
「まあ、そんなにお稚《ちいさ》い時。」
「尤《もっと》も一人じゃなかったです。さる人に連れられて来たですが、始め家を迷って出た時は、東西も弁《わきま》えぬ、取って九歳《ここのつ》の小児《こども》ばかり。
人は高坂の光《みい》、私の名ですね、光坊《みいぼう》が魔に捕《と》られたのだと言いました。よくこの地で言う、あの、天狗《てんぐ》に攫《さら》われたそれです。また実際そうかも知れんが、幼心《おさなごころ》で、自分じゃ一端《いっぱし》親を思ったつもりで。
まだ両親《ふたおや》ともあったんです。母親が大病で、暑さの取附《とッつき》にはもう医者が見放したので、どうかしてそ
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