ぎ》って顕《あらわ》るる度《たび》に、娘は私を背後《うしろ》に庇《かば》うて、その鎌を差翳《さしかざ》し、矗《すっく》と立つと、鎧《よろ》うた姫神《ひめがみ》のように頼母《たのも》しいにつけ、雲の消えるように路が開けてずんずんと。」
 時に高坂は布を断つが如き音を聞いて、唯《と》見ると、前へ立った、女の姿は、その肩あたりまで草隠《くさがく》れになったが、背後《うしろ》ざまに手を動かすに連《つ》れて、鋭《と》き鎌、磨ける玉の如く、弓形《ゆみなり》に出没して、歩行《ある》き歩行《ある》き掬切《すくいぎり》に、刃形《はがた》が上下《うえした》に動くと共に、丈《たけ》なす茅萱《ちがや》半《なか》ばから、凡《およ》そ一抱《ひとかかえ》ずつ、さっくと切れて、靡《なび》き伏して、隠れた土が歩一歩《ほいっぽ》、飛々《とびとび》に顕《あらわ》れて、五尺三尺一尺ずつ、前途《ゆくて》に渠《かれ》を導くのである。
 高坂は、悚然《ぞっ》として思わず手を挙《あ》げ、かつて婦《おんな》が我に為《な》したる如く伏拝《ふしおが》んで粛然《しゅくぜん》とした。
 その不意に立停《たちどま》ったのを、行悩《ゆきなや》んだと思ったらしい、花売《はなうり》は軽《かろ》く見返り、
「貴方《あなた》、もう些《ちっ》とでございますよ。」
「どうぞ。」といった高坂は今更ながら言葉さえ謹《つつし》んで、
「美女ヶ原に今もその花がありましょうか。」
「どうも身に染《し》むお話。どうぞ早く後《あと》をお聞《きか》せなさいまし、そしてその時、その花はござんしたか。」
「花は全くあったんですが、何時《いつ》もそうやって美女ヶ原へお出《いで》の事だから、御存じはないでしょうか。」
「参りましたら、その姉《ねえ》さんがなすったように、一所《いっしょ》にお探し申しましょう。」
「それでも私は月の出るのを待ちますつもり。その花籠《はなかご》にさえ一杯になったら、貴女《あなた》は日一杯に帰るでしょう。」
「否《いいえ》、いつも一人で往復《ゆきかえり》します時は、馴れて何とも思いませんでございましたけれども、※[#「(來+攵)/心」、第4水準2−12−72]《なま》じお連《つれ》が出来て見ますと、もう寂《さび》しくって一人では帰られませんから、御一所《ごいっしょ》にお帰りまでお待ち申しましょう。その代《かわり》どうぞ花籠の方はお手伝い
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