そぎあし》になつて來《く》る。言問《こととひ》の曲角《まがりかど》で、天道《てんだう》是《ぜ》か非《ひ》か、又《また》一組《ひとくみ》、之《これ》は又《また》念入《ねんいり》な、旦那樣《だんなさま》は洋服《やうふく》の高帽子《たかばうし》で、而《そ》して若樣《わかさま》をお抱《だ》き遊《あそ》ばし、奧樣《おくさま》は深張《ふかばり》の蝙蝠傘《かうもりがさ》澄《すま》して押並《おしなら》ぶ後《あと》から、はれやれお乳《ち》の人《ひと》がついて手《て》ぶらなり。えゝ! 日本《につぽん》といふ國《くに》は、男《をとこ》が子《こ》を抱《だ》いて歩行《ある》く處《ところ》か、もう叶《かな》はぬこりやならぬ。殺《ころ》さば殺《ころ》せ、とべツたり尻餅《しりもち》。
旦那《だんな》お相乘《あひのり》參《まゐ》りませう、と折《をり》よく來懸《きかゝ》つた二人乘《ににんのり》に這《は》ふやうにして二人《ふたり》乘込《のりこ》み、淺草《あさくさ》まで急《いそ》いでくんな。安《やす》い料理屋《れうりや》で縁起《えんぎ》直《なほ》しに一杯《いつぱい》飮《の》む。此處《こゝ》で電燈《でんとう》がついて夕飯《ゆふめし》を認《したゝ》め、やゝ人心地《ひとごこち》になる。小庭《こには》を隔《へだ》てた奧座敷《おくざしき》で男女《なんによ》打交《うちまじ》りのひそ/\話《ばなし》、本所《ほんじよ》も、あの餘《あんま》り奧《おく》の方《はう》ぢやあ私《わたし》厭《いや》アよ、と若《わか》い聲《こゑ》の媚《なま》めかしさ。旦那《だんな》業平橋《なりひらばし》の邊《あたり》が可《よ》うございますよ。おほゝ、と老《ふ》けた聲《こゑ》の恐《おそろ》しさ。圍者《かこひもの》の相談《さうだん》とおぼしけれど、懲《こ》りて詮議《せんぎ》に及《およ》ばず。まだ此方《こつち》が助《たすか》りさうだと一笑《いつせう》しつゝ歸途《きと》に就《つ》く。噫《あゝ》此行《このかう》、氷川《ひかは》の宮《みや》を拜《はい》するより、谷中《やなか》を過《す》ぎ、根岸《ねぎし》を歩行《ある》き、土手《どて》より今戸《いまど》に出《い》で、向島《むかうじま》に至《いた》り、淺草《あさくさ》を經《へ》て歸《かへ》る。半日《はんにち》の散策《さんさく》、神祇《しんぎ》あり、釋教《しやくけう》あり、戀《こひ》あり、無常《むじやう》あり、景《けい》あり、人《ひと》あり、從《したが》うて又《また》情《じやう》あり、錢《ぜに》の少《すくな》きをいかにせむ。
[#地より5字上げ]明治三十二年十二月
底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:米田進
2002年4月24日作成
2003年5月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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