いやく》の廣告《くわうこく》だ、そんなものに、見愡《みと》れるな。おつと、また其《その》古道具屋《ふるだうぐや》は高《たか》さうだぜ、お辭儀《じぎ》をされると六《むづ》ヶしいぞ。いや、何《なに》か申《まを》す内《うち》に、ハヤこれは笹《さゝ》の雪《ゆき》に着《つ》いて候《さふらふ》が、三時《さんじ》すぎにて店《みせ》はしまひ、交番《かうばん》の角《かど》について曲《まが》る。この流《ながれ》に人《ひと》集《つど》ひ葱《ねぎ》を洗《あら》へり。葱《ねぎ》の香《か》の小川《をがは》に流《なが》れ、とばかりにて句《く》にはならざりしが、あゝ、もうちつとで思《おも》ふこといはぬは腹《はら》ふくるゝ業《わざ》よといへば、いま一足《ひとあし》早《はや》かりせば、笹《さゝ》の雪《ゆき》が賣切《うりきれ》にて腹《はら》ふくれぬ事《こと》よといふ。さあ、じぶくらずに、歩行《ある》いた/\。
 一寸《ちよつと》伺《うかゞ》ひます。此路《このみち》を眞直《まつすぐ》に參《まゐ》りますと、左樣《さやう》三河島《みかはしま》と、路《みち》を行《ゆ》く人《ひと》に教《をし》へられて、おや/\と、引返《ひきかへ》し、白壁《しらかべ》の見《み》ゆる土藏《どざう》をあてに他《た》の畦《あぜ》を突切《つツき》るに、ちよろ/\水《みづ》のある中《なか》に紫《むらさき》の花《はな》の咲《さ》いたる草《くさ》あり。綺麗《きれい》といひて見返勝《みかへりがち》、のんきにうしろ歩行《あるき》をすれば、得《え》ならぬ臭《にほひ》、細《ほそ》き道《みち》を、肥料室《こやしむろ》の挾撃《はさみうち》なり。目《め》を眠《ねむ》つて吶喊《とつかん》す。既《すで》にして三島神社《みしまじんじや》の角《かど》なり。
 亡《なく》なつた一葉女史《いちえふぢよし》が、たけくらべといふ本《ほん》に、狂氣街道《きちがひかいだう》といつたのは是《これ》から前《さき》ださうだ、うつかりするな、恐《おそろ》しいよ、と固《かた》く北八《きたはち》を警戒《けいかい》す。
 やあ汚《きたね》え溝《どぶ》だ。恐《おそろ》しい石灰《いしばひ》だ。酷《ひど》い道《みち》だ。三階《さんがい》があるぜ、浴衣《ゆかた》ばかしの土用干《どようぼし》か、夜具《やぐ》の裏《うら》が眞赤《まつか》な、何《なん》だ棧橋《さんばし》が突立《つツた》つてら。叱《しつ》!
前へ 次へ
全12ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング